小中学校の図書館で「星新一ショートショート集」を手に取り、その不思議な世界にどっぷり引き込まれる。そんな経験をしてきた人は多いはずです。
私もその一人で、小学校時代に図書館で借りてきた星新一の作品をかたっぱしから読み耽っていた時期がありました。「ショートショート」とは、一般に短くて不思議な小説を指し、ワンアイデアの独創性を追求する文学ジャンルのことをいいます。ショートショートに描かれる世界には、短い中にも独創的なアイデアが詰め込まれており、小学生だった私に「物語」の持つ可能性を大いに感じさせてくれました。
今回読んだ「夢巻」は、新世代ショートショート作家の旗手、田丸雅智さんの作品。田丸雅智さんは愛媛県に生まれ、東京大学工学部、東京大学大学院工学系研究科に学んだ秀才作家。お笑い芸人のピース・又吉直樹さんや女優の中嶋朋子さんらが絶賛していることでも知られています。
しかし、作品を読んでみると、同じショートショート作家と言えども、星新一とは大きく作風が異なることに驚かされます。本書は”現実世界”において突拍子もない出来事が起きたり、不思議な体験をする物語が多く収められています。
思えば、テクノロジーの発展は著しく、例えば私たちにもWebの世界を通じて思ってもみない体験をすることがあるかと思います。人と人、人とモノ、人と情報・・・これらの出会いが無限に広がっていく現代において、最早「不思議体験」はSF世界の専売特許ではなくなってきているのかもしれません。そんな時代だからこそ、私たちが生きる身近な世界が突拍子もない方向に転がっていく物語を、田丸雅智さんは描くのかもしれません。
表題作の「夢巻」もまた、そんな現実世界を舞台にした物語です。
物語は主人公が旧友と再会し、桃色の煙に包まれたシガーバーに入るところから大きく展開していきます。
「ここは、ただのシガーバーじゃないんだよ」
そこには「葉巻」ならぬ「夢巻」が置いてあります。
夢巻の原材料は「子どもの作文」。夢巻を吸うと、作文に描かれた子ども達の思い出が頭の中に流れ込み、悦楽の時間を得られるという代物です。夏休みの虫採りの記憶、川べりでぼんやりしている記憶、夏祭りの記憶…。子どもが持つ鋭敏で、純粋な感性でしか得ることの出来ない思い出を、大人たちが喜んで嗜むのです。もちろん自分が書いた作文を巻けば、過去の記憶を体験することもできます。
物語に引きこまれた私は「自分だったら、どんな夢がみられるだろう…」と、つい想像してしまいました。
「ぼくは忍者になりたい」
小学生の時、「将来の夢を書きなさい」という宿題が出され、私が書いた作文です。当時の私は猛烈に忍者になりたかったのです。おそらく、兄の影響で見ていた「忍者戦隊カクレンジャー」にハマっていた時期で、将来こんな風に強くてかっこいい忍者になりたいなあと妄想していた頃だったのだろうと思います。
その作文は「忍者になって忍法帳を盗んでくる」という内容でした。今となっては、いったい現代社会のどこに忍法帳があるのか、そもそも盗んでどうするんだという疑問がわきますが、幼かった私の頭の中には、きっと鮮やかに描かれた忍者世界と綿密な計画があったはずです。step1: 丑みつ時、両親にバレないように屋根に登る。step2:音を立てずに隣の屋根に飛び乗る……今となっては、純粋無垢に忍者の世界を描ききることなんてできません。どうしても知識や経験が邪魔をしてしまうのです。
「夢巻を吸ったら、あの頃描いた世界が蘇ってくるのかな…」
「夢巻」。悪くないな・・・なんて考えてしまいました。
読者の方々に物語を通して、ありふれた日常から非日常へ飛び込んでもらいたいという強い思いがあります。読み終わってぐるっと元のところに戻ってきた時に、ありふれたものだったはずのものがどこか違って見えるようになる。そんな螺旋階段をのぼっていくような感覚を味わってもらえたら嬉しいです。」
これはあとがきに綴られた田丸雅智さんの言葉です。さすがに、今の私は「忍者になりたい」と思うことはありませんが…突拍子のない夢を描いていた頃の自分を思い出すことで、将来について考え疲れてしまった頭が少しスッキリするような思いがありました。まるで「夢巻」を実際に吸ったあとのような、ちょっと甘く、切ない気持ち。郷愁を覚えながらも、不思議と気持ちは前を向いています。
さて。眠っている時に見る「夢」と、未来に馳せる「夢」とでは意味が違いますが、どちらとも言えるような夢を見せてくれるのが夢巻。
実際に夢巻を吸ったわけではありませんが、田丸雅智さんの『夢巻』を読み、私はふと子どもの頃に描いた夢を思い出すことができました。
みなさんは、夢巻でどんな夢を見られそうですか?