レコードキュレーションイベントとは?
レコード盤を自在に操りながら曲を繋いでいく様子から、馬を乗りこなす騎手が連想されるということで名付けられた「DJ(ディスクジョッキー)」。モダンDJの父とされるフランシス・グラッソがクラブ「サンクチュアリ」の舞台に立ち、ノンストップで曲をかけ続けるスタイルを披露したのは1969年のことと言われている。つまり現在のDJの形ができたのは約50年前のことであり、DJの歴史というのは案外に浅い。それは日本に限れば尚更である。
「レコード番長」の異名を持つ須永辰緒さんは、日本で職業としてのDJという道を切り開いてきた人物の一人であり、「踊れるジャズ」という概念を日本のクラブシーンに広めた第一人者でもある。そんな須永さんが将来のクラブシーンを担うDJ育成のために行う活動の一つがオンラインサロン「須永辰緒のインクレディブルDJ’S」だ。
今回は「須永辰緒のインクレディブルDJ’S」初のオフラインミーティングであるレコードキュレーションイベントの様子をレポートしたい。記事の最後には須永辰緒さんが薦めるレコードはもちろんのこと、サロンメンバーで現役DJでもある櫻井喜次郎さんが実際におすすめしたレコードも掲載させて頂いたので、ミュージックラバーの皆さんには是非最後まで目を通していただきたい。
そもそも「レコードキュレーション」とは何か。
キュレーション(curation)はラテン語のcurare「治療する」「世話をする」を語源とし、もともとは博物館や美術館で使用されていた言葉である。管理者や館長を意味するキュレーター(Curator)が独自の知識や感性をもとに情報を収集し、整理し、展示するという意味から発展し、今日ではインターネット界隈でも広く利用されるようになった。
「レコードキュレーション」とは、その概念をレコード収集に当てはめたものである。実際にレコード屋に赴き、その場でキュレーターの須永辰緒さんが長年の経験から培われた膨大な情報からサロンメンバーに合う音楽をピックアップしたり、好きな音楽を探す手助けをする。
ミュージックラバーの間では、この未だ見ぬ音楽を探す行為を通称「ディグる」と言ったりもするが、通常ディグる行為にハズレはつきものであり、誰も知らない珠玉のレコードは闇雲に探してもなかなか見つからないものだ。自分が好きな音楽を知り、そのルーツや影響についての知識を身につけながら、深く探求していかなければそのようなレコードを掘り当てる勘は鍛えられない。その手伝いを、業界の第一人者が直接してくれるのがこのイベントだ。
レコードキュレーションイベントに潜入
今回イベントで利用させて頂くお店は、オープン2周年を迎えるHMVRecord渋谷店。
今回は須永辰緒さんの他に、HMVの2階フロアを担当するスタッフ兼DJの長谷川賢司さん、そしてサロンメンバーでブラジルのカルチャーにも詳しいDJ櫻井喜次郎さんらにキュレーターを務めていただく豪華なイベントである。
15時、参加者が続々と集まりだした頃、須永さんが登場。
早速DISCO・FUNK・HipHop・Jazzなどを扱う二階のフロアに向かう。
HMVスタッフ長谷川さんにご挨拶をし、各々が好きなジャンルを真剣にディグり始めた。
須永さんは、折を見て参加者の元に行き、好きな音楽をヒアリングしながら、それに合わせて押さえておきたいアーティストやおすすめのレコードを参加者と一緒に探し当てていく。
参加者同士で好きな音楽の話に花が咲き、一緒にディグる光景も所々で見られた。
参加者の方々がレコードを楽しそうに選ぶ姿に我慢ができなくなった私は、取材という名目を忘れ、今回のイベントのキュレーターでもある櫻井さんに今聞きたいおすすめのブラジル音楽をチョイスしてもらった。
1枚目はセレソン(サッカーブラジル代表)のユニフォームを身にまとった集団のジャケットが印象的な「SERGIO MENDES/SERGIO MENDES AND THE NEW BRASIL ’77」。
セルジオメンデス70年代の真骨頂であるグルーヴィーなアルバムだ。スティービー・ワンダー、スティーヴ・ガッド、デイヴ・グルージンらが参加した超豪華なスタッフ陣によって作り上げられた名盤。特に7曲目に入っている「THE REAL THING」はスティービー・ワンダーがこのアルバムのために書き下ろした曲で、クラブチューンとして今でも人気がある。
ゴムを弾いたような躍動感満載のベースと、ブラジルらしさ溢れるパーカッションがファンキーなグルーヴを生みだしている。一方でクールに抑えた女性ヴォーカルの節回しからはアダルトな心地よさが感じられ、ハネたリズムと濃縮感、エロスといった要素が上手く噛み合っている。クラブ定番曲というのも頷ける、アルコールを片手に踊りたくなるナンバーだ。
2枚目は「ARTHUR VEROCAI/ARTHUR VEROCAI」。
オリジナルは20万円を超えるという希少な名盤である。こちらはMR.BONGOよりリイシューされたものであり、なんとヴェロカイ本人が監修している。
72年にリリースされたこのアルバムは発売当時に人気が出たものではなく、レアグルーブを再評価するムーブメントが起こった90年代以降に評価が定着し、人気が出たものだ。
聴いていると、7曲目の「Na Bocado Sol」のイントロでふと「この音、どこかで聞いたことがある!」と気がついた。iTunesを漁っていたところkandytownのクルーであるIOの「Dig 2 Me」の元ネタであることが判明。後で調べてみたところ、この曲のイントロはMF ドゥームやスクールボーイQらにもサンプリングされており、現代ヒップホップシーンを知る上でも重要な一枚であることが分かり、大きな感動があった。
他にもレア盤である「Ronald Mesquita/Ronald Mesquita」やジャケが綺麗に残っているものは滅多にないという「Elis Regina/UPA,NEGRINHO」の7inchなどを紹介していただいた。
オススメのレコードを持って歩いていると、HMVスタッフの長谷川さんと合流。
「おっ、いいの選んでるねぇ。実を言うとアルトゥール・ヴェロカイのレコードは僕が前働いていたレコードショップから出してるんだよ!」
なんと長谷川さんは以前ロンドンのレコードショップに勤めており、そのお店がまさに「MR.BONGO」だったのだ。偶然の連鎖に胸が熱くなる。
そして、最後には我らがレコード番長、須永辰緒さんに今秋聞くべき新譜を紹介してもらった。
須永さんにオススメ頂いたのは「FLOWERING INFERNO/1000Watts」だ。
FLOWERING INFERNOは音楽家クァンティックがプロデュースする人気プロジェクト。日本盤にはスティービー・ワンダーの「All I Do Is Think About You」のダブ・バージョンが収録されている。
「クァンティックは毎回違うアプローチをしてくるので面白い。これは間違いないやつだよ。」
須永さんをして間違いないと言わしめる作品を聴かないわけにはいかない。 即、レコード盤を購入した。
17時、全員の買い物が終了。参加者の中には20枚近く購入した方もおり、買い物が終わっても話が尽きることはなかった。イベントの本編はここまでだが、尽きることのない音楽をネタに、この後居酒屋に移動し懇親会が始まる。
改めて自己紹介を兼ねて自分が好きな音楽について語り合い、その後は須永さんへの質問タイムがスタート。選曲術に関する質問から海外のフェス事情に関するマニアックな質問まで様々な質問が飛び交った。須永さんは参加者の抱える疑問に対し、笑いを交えながら面白く分かりやすく回答していく。
参加者の中には現役DJの方も多く、「お世話になっている箱を借りてサロンメンバーだけで回すイベントをやりましょう!」という話で盛り上がった。「場数が大事」という言葉はよく聞くが、DJ初心者ではイベントへの参加方法もよく分からない。
「インクレディブルDJ’S」では現役のDJと繋がりができるため、良質なクラブイベントに参加できたり、努力次第で実際に回す機会も得られるという恵まれた環境がある。これは今後DJをやりたいと考えている人やDJを始めたばかりの人にとって大変重要なことではないだろうか。
そして、最後には須永さんから現在のクラブシーンの問題点やオンラインサロンで実現したいことについて真剣に語られた。DJには様々なスタイルがあるが、どのようなスタイルであれ、重要なことは基礎・基本がしっかりと出来ていることだと須永さんは言う。
PCでもCDでもアナログでも、DJの基礎・基本を一流のプロレベルまで底上げしたい方は是非「インクレディブルDJ’S」を覗いてみてはいかがだろうか。「まだそんなに詳しくないから・・・」と考えている方も臆することはない。音楽の楽しみは全ての人に開かれている。本物のミュージックラバーにとっては、むしろそういった人々を深い音楽の世界に引き込めてこそ本望だろう。