クマムシ博士こと堀川大樹氏は、ちょっとかわった研究者だ。
マイナス273℃の超低温、プラス100℃の高温、ヒトの致死量の1000倍に相当する線量の放射線、水深1万メートルの75倍に相当する高圧環境、真空など、様々な極限環境におかれても死なない、最強の生物と言われるクマムシについて研究している。
また、研究活動と並行して情報発信も積極的に行っている。人気ブログ「むしブロ」の運営、有料メルマガ、出版、オンラインサロンの運営など。他にも、クマムシのキャラクタープロデュース、グッズ販売、オープンバイオスペースの運営アドバイスなど、様々な情報発信・普及活動に取り組む。
こうした一連の活動は”アカデミアの民主化”という理想に繋がっているのだという。前半のインタビューでは、サイエンスのコンテンツの発信から「クマムシ博士」を名乗り、メディアの頻繁に取り上げられるようになるまでうかがった。
後編では、堀川氏の考える「アカデミアの民主化」に向けた、今後の新たな展開について語ってもらう。
天性の天邪鬼。堀川流の逆張り哲学とは
プロフィール:1978年、東京都生まれ。地球環境科学博士。慶応義塾大学先端生命科学研究所特任講師。2001年からクマムシの研究を始める。これまでにヨコヅナクマムシの飼育系を確立し、同生物の極限環境耐性能力を明らかにしてきた。2008年から2010年まで、NASAエイムズ研究センターおよびNASA宇宙生物学研究所にてヨコヅナクマムシを用いた宇宙生物学研究を実施。2011年から2014年まで博士研究員としてパリ第5大学およびフランス国立衛生医学研究所に所属。『クマムシ博士の「最強生物」学講座――私が愛した生きものたち』(新潮社)、『クマムシ研究日誌 地上最強生物に恋して』(東海大学出版部)の著書がある。人気ブログ「むしブロ」および人気メルマガ「むしマガ」を運営。ツイッターアカウントは@horikawad。
ーー本題に入る前に、ひとつうかがいたいことがあります。2016年12月、某キュレーションメディアが医学的に正しくない情報を掲載し、また第三者のブログ記事など著作権の許諾のないコンテンツを大量に引用し、アクセスを集めていた問題が浮上し、大きな話題になりました。堀川さんも、ハフィントンポストやLINE社を相手取り、ご自身のコンテンツや写真等の無断転載について戦っておられましたが、あらためてこのあたりの経緯について教えてください。
堀川「あまりに個人的な動機が多く、多くを語ることは出来ないのですが、概ねこちらに書いたとおりです。もともと、こちらが指定するブログ記事を当該メディアに転載する取り決めを交わしていたのですが、その後、なぜか他の記事まで転載されるようになってしまいました。そこで転載記事の削除を求めたところ、一方的に断られてしまいました。キュレーションサイトはたくさんの人から記事を集めているので、こちらが連絡したとしても対応がおろそかになってしまうのでしょうね。どうしたものかと思いブログに抗議記事を書きました。すると、結果的に記事公開の翌日にすんなり要望を受け入れてもらえました。これは改めて個人でメディアをもつことの強みを感じた一件ですね。」
ーーblog記事「個人はマイメディアをもとう」でおっしゃっていたことですね。ただ、万人がメディアを持てるわけではないですし、実際に泣き寝入りをされる方も多いように思います。
堀川「過去に、JASRACがとある動画投稿サイトを楽曲の無断利用で訴え、損害賠償を勝ち取ったことがありましたが、例えばたくさんの権利をもっている大きな企業が自らの著作権益を守るために訴訟を起こすことは経営的にみてもメリットがあります。ところが個人のレベルで訴訟をおこすのは、どう考えたって割に合わない。メディアの側もそれをわかっていて、ライターやユーザー個人に著作権の侵害責任を押し付けることで、実質容認しているところがあると思います。でも、上場している会社が、無数の弱者の泣き寝入りする状況をわかっていながら利益を上げているという事実、これはどう考えたっておかしい。やっぱり、誰かが言わないといけないんじゃないか、ということで、記事を書いてみました(笑)。」
ーーいったい、どこからモチベーションが湧いてくるのでしょうか。
堀川「昔から人の向いている方向と真逆を行く天邪鬼な性格でした。クマムシのようなマニアックな存在を研究対象に選んだのも、サイエンスコンテンツの発信活動やクマムシのキャラクター化にしても、全て「誰もやろうとしなかった」ということが一番のモチベーションになっています。これだけは、もう、生まれついての性格としか言い様がないですね(笑)それだけに割を食うことも多いですが、だからこそここまで生き残ってこれたということもあると思います。」
今後、日本で研究者が生き残るためには
ーー話しづらいところを語っていただいてありがとうございます。それでは本題ですが、いま日本の大学で研究者を目指すのはとても困難というイメージがあります。それについてはどのように思いますか。
堀川「年明け早々に、今後国の研究予算が減ることこそあれ、増えることが無いということに河野太郎議員が触れていましたが、これはもう、ある意味しょうがないのかなという気もしています。研究の分野によって、すぐに国益に繋がるものもあれば、どう考えたって未来永劫お金を産まないものもあります。そうは言っても、お金にならない研究をしないというのは絶対に違うし、一方で研究予算が少ないからもっと研究予算をよこせと言っても無理がありますよね。アカデミアにおけるポストの代謝がもっと進むようになればと思いますが、当然既得権益を守ろうとする力学が働くので、すぐには変わらない。そもそもそういった事情がいやで、早々に僕はアカデミアのポストに就くためのレースを降りてしまいました。」
ーー実際に堀川先生はサイエンスコンテンツの発信などを通じて研究を続けるすべを身に着けてきた、というのはこれまでうかがったとおりです。
堀川「みんながみんな僕のようになれと言うつもりは毛頭ありません。ただ、今はインターネットの普及によって「大学」に頼らずとも様々なことができる時代だとは思います。例えば、クマムシ研究所にも入っていただいている柴藤さんの主宰する「academist」というサービスは研究費の獲得に特化したクラウドファンディングサービスです。過去に400万円を超える研究費を集めたプロジェクトも複数ある、いま注目のサービスです。民間の動きとしては、ミドリムシから栄養素や燃料の抽出に取りくむユーグレナや、クモの糸から繊維を取ることに取りくむスパイバーなど、ユニークなバイオベンチャーが数十億円の資金調達を達成するなど、ちょっと前では考えられないような民間投資が国内でも行われています。研究機関に所属しなくても、FabCafe MTRLのBioClubのような、開かれたバイオスペースを使って研究を続けることもできると思います。他にも研究者の人材活用やベンチャー支援を行うリバネスなど、日本全体として大学や国の研究予算に頼らずに、民間の力で研究を活性化しようという動きがあらゆるところで始まっています。この流れは今後も続くように思います。」
ーーいろいろ教えていただきありがとうございます。そう考えると、日本のアカデミアの未来は明るいですね!最後に、今後のご自身の今後の取組みと、アカデミアの民主化について教えてください。
堀川「これまで続けてきたサイエンスにまつわる情報発信は今後も続けて行く予定です。それに加え、今年はアマチュアの方も巻き込んで、クマムシの培養細胞をつくるための研究を始めたいと思っています。」
ーー培養細胞とは?
堀川「文字通り、クマムシの体から取り出した細胞を培養するシステムのことです。生き物のからだの仕組みを研究するには、大量の生体サンプルが必要になります。クマムシのようにとても小さな生物で有効な分析結果を得るためには大量の生体サンプルが必要になってきます。これまでクマムシ研究の最も大きな課題として、いかにして生体サンプルの数を得るかという問題がありました。クマムシは飼育が厄介で、増やすためにはそれこそ昼夜問わず、つきっきりで世話をしなければなりません。その辛さは10万匹のクマムシを飼育した実績をもつ荒川氏の言葉にも現れています。
生半可な覚悟は無用だ。出張もクマムシに合わせて予定し、例え地球半周のフライト後でも成田からラボに直行し、相方に「私とクマムシどっちが大事なの⁈」と言い寄られれば即答で「クマムシ。」と眉一つ動かさずに回答し、ただ粛々と培地交換をできる覚悟を持たぬものはクマムシを飼うべきではない。
— Kazuharu Arakawa (@gaou_ak) 2012年11月28日
これがクマムシ研究を困難にしている最大の理由なんです。細胞レベルで実験を行うことができれば、いろいろなバイオテクノロジー技術を使って解析することも容易になります。実験もシンプルになる。クマムシの扱いに慣れていない研究者でも、培養細胞なら馴染みやすいでしょう。私たちが培養細胞の樹立に取りくむのはこういった理由からです。」
ーー話を聞く限り、素人には難しいのかなという気もしますが…
堀川「科学分野にも寄りますが、クマムシ研究においては、簡単な機材があれば誰でも研究に参加することが出来ます。事実、昨年僕らが主宰するクマムシ研究ワークショップに参加してくれた小学1年生の少年が、これまでクマムシ研究200年以上の歴史で、誰も達成したことの無い方法でクマムシの飼育を成し遂げました。こうしたリスクの高い(ポジティブな結果の出る可能性が低い)研究はなかなか研究者が手を出しづらい領域ですが、逆に言えばそこにアマチュアの方の活躍する領域があるとも言えます。アカデミアの民主化というのは、お金の流れにとどまりません。社会全体として、あらゆる立場でサイエンスに係るプレーヤーを増やすことが民主化につながるのです。研究者とアマチュアが手を取り合い互いに協力していくことも重要なのです。」
ーーありがとうございます。最後にクマムシ研究所の今後について教えてください。
堀川「クマムシ研究所は、クマムシを中心に、様々な方が関わり交流する場所として活用していきたいと思っています。異業種の方が集まればそれだけ面白いものが生まれる場所になると思いますので。現在のメンバーにも、自分とは全く違った分野の研究者がいたり、クマムシアプリの制作に取りくむ人がいたり、いろいろな人が集まっています。専門的な研究に直接関心がない方でもおおいに歓迎します!学生なら500円で入れて、メルマガを購読するよりお得なので、よかったらのぞいてみてくださいね。」
ーーどうもありがとうございました!