サメ専門のジャーナリストとしてさまざまなメディアで活躍する沼口麻子さん。「サメは恐ろしいモンスターではなく、生物学的にとても魅力あふれる生きもの」といった想いのもと、サメに関する情報を発信しています。世界中の海を訪れてサメに会いに行ったり、みずから解剖や標本の作成もしたりするのだとか。世の中の“シャーキビリティ”(=サメへの関心度やリテラシーの高さ)向上を目指し、奔走する毎日です。
今回は、そんな沼口さんのシャーキビリティに大きな影響を与えた2種類のサメについてお話を聞いてきました。間近で目にしたときのエピソードとともにお伝えします。
沼口麻子
東京生まれ、静岡在住。シャークジャーナリスト。東海大学海洋学部卒業。同大学大学院海洋学研究科水産学専攻修士課程修了。小笠原諸島父島周辺海域に出現するサメ相調査とそのCestoda (条虫類) の出現調査などを経て、現在はサメの魅力を伝える伝道師として、世の中のシャーキビリティ(=サメへの関心度やリテラシーの高さ)向上推進運動を行う。
サメの魅力に気づかせてくれた「シロワニ」
──500種類以上いるサメのなかで、沼口さんのシャーキビリティに大きな影響を与えたのはどんなサメですか?
やっぱり、サメの魅力に惹きこまれるきっかけになった「シロワニ」でしょうか。大学の実習で小笠原諸島の父島を訪れたとき、ダイビングをして出会ったサメです。生まれて初めて海のなかで間近にサメを見て、見た目のかっこよさに一目惚れしてしまいました。もともと生きものが好きで海洋学部に通っていたのもあり、この経験を機に研究テーマをサメに決めたんです。ダイビングでサメに会うにはただでさえ運が必要なのですが、忙しい実習の合間に1度だけ潜って出会えたのは本当にラッキーだったと思います。“サメ運のよさ”という意味では、そのころからシャーキビリティが高かったのかもしれません(笑)。
──シロワニを間近で目にして、どんな印象を抱きましたか?
シロワニって、多くの人がイメージするようないわゆる“強面”のサメなんです。ギザギザの歯が見えていて怖い、みたいな。でも実際はすごくおとなしくて、そのギャップがいいなと思いました。
──強面なのに優しいなんて、まさにギャップ萌えですね。
本当におとなしいんですよ。だから初めのころは、小さい魚を優しい感じで食べているのかなと思っていたんです。でも、大学時代にシロワニを解剖する機会があったのでお腹を開いてみると、50cm近くある大きなハマダイの仲間が2匹も入っていて……。「さすがサメだな」と思いました(笑)。
──その後、さらにシロワニについて知るうちに興味を惹かれた生態などはありましたか?
サメは全体の7割ほどが交尾をして子宮内で卵をふ化させてから子どもを産みます。なかでもシロワニは子宮内で共食いをする唯一のサメで、子どもの発達の過程がとても面白いんです。ほとんどのサメは、母親の体外に出る直前まで歯が生えてこないと思うのですが、シロワニの場合は妊娠初期の段階で歯が生えます。その歯を使って、栄養補給の一環として同じ子宮内のほかの赤ちゃんや卵を食べてしまうんです。そのため、一度に生まれてくるのは1子宮につき1匹だけ。サメには子宮が2つあるので、一度にほぼ2匹しか生まれてきません。少数精鋭型の繁殖戦略をとっているわけです。
──おとなしいシロワニですが、生まれてくるまでに壮絶な経験をしているんですね……。そんなところにもギャップを感じます。
そうですね。それでもやっぱり、怖い顔をしていながら優しいというポイントがサメ好きの間でも人気を集めていますよ。人間を襲うようなことも日本国内では例がなくて、こちらから変に手を出したりしない限りは襲ってくることはまずありません。シロワニを見るために小笠原諸島へ行く人も多く、それくらい魅力的なサメなんです。
出会うことの難しさや厳しさを思い出させてくれた「ウバザメ」
△普段愛用しているアイテムはサメグッズばかり! この日持っていたスーツケースの中も、サメグッズであふれていました。
──シャークジャーナリストになってからシャーキビリティに影響を与えられたサメはいますか?
それだと、「ウバザメ」ですかね。500種類以上いるサメのなかでプランクトンを主食にしているのはわずか3種類しかおらず、ウバザメはそのうちの1種です。ほかの2種類(ジンベエザメとメガマウスザメ)は、解剖したり、水族館で目にしたりしたことがあったのですが、ウバザメだけは直接見たことがなかったので、2015年にイギリスまで見に行きました。
──いったいどんな影響を与えられたのですか?
海でサメに出会うことの難しさや、自然の厳しさを改めて実感させられました。ウバザメは毎年7月ごろにスコットランド沖の表層に出てきます。でも、出会えるかどうかはやっぱり運次第。一緒の船に乗った人のなかには、「3年間毎年来ているのにまだ見られていない」という人もいて……。だけどそこでも運が味方してくれて、無事に間近で見ることができました。大きく口を開けて豪快にプランクトンを食べる姿も撮影できました。ウバザメは、人間が近くにいてもまったく逃げる素振りをみせなくて、ぼーっと泳いでいるように見えるんです。マイペースでかわいいなぁって思います。
──サメに関する運が本当に強いですね! でも、どんなところに難しさや厳しさを感じたのですか?
スコットランドって7月でも寒いので、海のなかは、すこぶる寒い。極寒のなか潜って、1日中サメを探すことになるわけです。結果的に、2、3時間海に入っていたら低体温症になってしまって、救急救命してもらいました。そのときは、「私はイギリスの海で死ぬのか……」って頭をよぎりましたね。本当に無事に帰れてよかったです。よく、「サメに襲われて死にそうになったことないんですか?」と聞かれますが、人間を襲うサメはごくわずか。それよりも、環境──たとえば、寒さや激流によって危ない目に遭うことのほうが断然多いんですよ。ウバザメを見に行った経験を通じて、「サメは簡単に見られる生きものではないんだ」と、改めて気付かされました。
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沼口さん主宰のオンラインサロン『サメサメ倶楽部』では、ここでしか聞けないサメ情報や、沼口さんが経験された貴重なサメエピソードの裏話を共有しています。“サメ合宿”をはじめ、解剖や標本づくりのライブ配信なども行われており、「本格的に学びたい」「実際にサメに触れてみたい」という人にもぴったりです。「“サメ好き”というとちょっと変わりもののイメージを持たれがちなので、表立ってアピールする人は少ないのですが、そういう人たちが自分を開放できる場になれば」と、沼口さん。こども会員も大歓迎とのことで、ここから未来の研究者が生まれるかもしれません! 少しでもサメに興味がある方は、『サメサメ倶楽部』に参加してみてはいかがでしょうか。あなたのシャーキビリティも向上すること間違いなしです!