複雑なイメージがある年金制度。実は繰り上げや繰り下げができることをご存知でしょうか?しかし、年金の繰り上げや繰り下げは、年齢だけでなく将来のプランも考慮しなければならない選択肢。簡単に決断できるものではありません。
この記事では、繰り上げや繰り下げが可能な年金の種類、手続き方法、さらにメリットやデメリットをご紹介。仕組みを理解した上で、自分に合った年金の受給方法を検討してみましょう。
年金は繰り上げたり繰り下げたりできる
年金の支給は、基本的に65歳から開始されますが、「繰り上げ受給」や「繰り下げ受給」といった制度もあります。
繰り上げ受給とは、65歳を迎えるよりも前に、60歳から年金を受給すること。一方、66歳以降、最大70歳に年金を受け取ることは繰り下げ受給と呼ばれています。繰り上げや繰り下げの期間は、1ヶ月単位で選択することが可能です。
繰り上げ・繰り下げの手続き
通常は年金受給開始年齢になる約3カ月前に年金請求書が送られてくるため、書類に記入して提出すれば年金を受給できます。
繰り上げ受給を希望する際には、年金事務所や年金相談センターで説明を受けた上で、手続きをする必要があります。
一方、繰り下げ受給を希望する場合はとくに手続きは必要ありません。年金の受給は65歳から70歳の任意のタイミングを希望できます。受給開始を希望するときは、年金請求書に必要事項を記入し、年金事務所か年金相談センターに送付します。ただし、最大繰り下げ年齢である70歳になった際も、日本年金機構から事前に連絡や通知などはないため、受給開始手続きを忘れないようにしましょう。
繰り上げ受給や繰り下げ受給によって、一度変更された年金額は生涯変わることがないため、手続きをする前に慎重に考えることが大切です。年金事務所や年金相談センターでは繰り下げに関する説明も行っているので、念のため相談してみるのもよいでしょう。
(参考:日本年金機構|年金の繰上げ・繰下げ受給)
繰り下げできる年金の種類
そもそも繰り上げ受給や繰り下げ受給ができる年金にはどのような種類があるのでしょうか。
一般的に年金といえば、老齢年金、障害年金、遺族年金の3種類。このうち繰り上げ受給や繰り下げ受給が可能なのは原則65歳から受給できる老齢年金です。そのため、この記事内では「年金=老齢年金」を指すものとします。
老齢年金は、さらに老齢基礎年金と老齢厚生年金に区別でき、どちらも繰り上げ受給や繰り下げ受給の申請が可能です。同時に繰り下げたり、どちらかだけを繰り下げたりすることもできます。
老齢基礎年金とは、国民年金保険料や厚生年金保険料を20歳から60歳までの期間で10年間以上納めると受給できる年金のこと。年金納付済み期間(10年以上)には、保険料納付済期間だけでなく、保険料免除期間も含まれます。
一方、老齢厚生年金は、老齢基礎年金に上乗せされるものです。会社などで厚生年金に加入していた場合は、老齢基礎年金とともに受け取ることができます。受給対象となるのは、厚生年金の被保険者期間が1年以上ある人、かつ老齢基礎年金の受給資格を満たしている人です。
自分が現在加入している年金の種類や将来の受給予定金額は日本年金機構のサイトや郵送される「ねんきん定期便」で確認できます。
(参考:ゆうちょ銀行|年金の繰上げ・繰下げ制度)
繰り下げた際の年金受給額
年金を繰り下げ受給した場合、受給し始めた年齢に応じて毎月の支給額が増額されます。
繰り下げる対象は「老齢基礎年金のみ」、「老齢厚生年金のみ」、「老齢基礎年金と老齢厚生年金」の3つから選択します。
老齢基礎年金の増額率は1カ月につき0.7%。最大繰り下げ年齢である70歳0カ月まで繰り下げた場合、42%増額になります。
日本年金機構のサイトによると、増額率の計算方法は「増額率=(65歳に達した月から繰り下げ申出月の前月までの月数)×0.007」とされています。各年齢に応じた増額率は、以下の表をご覧ください。
(参考:日本年金機構|老齢基礎年金の繰下げ受給)
繰り上げた際の年金受給額
年金を繰り上げ受給した場合、受給し始めた年齢に応じて毎月の支給額が減額されます。繰り上げ請求をすると、「老齢基礎年金と老齢厚生年金」がどちらも繰り上げ対象となります。ただし、「特別支給の老齢厚生年金」については繰り上げの有無を選ぶことが可能です。
特別支給の老齢厚生年金とは、以下の条件に当てはまる人が受給できる年金のことを指します。
男性の場合、昭和36年4月1日以前に生まれたこと。 女性の場合、昭和41年4月1日以前に生まれたこと。 老齢基礎年金の受給資格期間(10年)があること。 厚生年金保険等に1年以上加入していたこと。 60歳以上であること。出典: 日本年金機構ホームページ
老齢基礎年金と老齢厚生年金の減額率は1カ月につき0.5%。最大繰り上げ年齢である60歳0カ月まで繰り上げると、最大30%減額となります。
日本年金機構のサイトによると、減額率の計算方法は「減額率=0.5%×繰り上げ請求月から65歳に達する日の前月までの月数」とされています。
各年齢に応じた減額率は、以下の表をご覧ください。
(参考:日本年金機構|老齢基礎年金の繰上げ受給)
年金繰り下げのデメリット
年金の繰り下げ受給は、増額された年金を受け取ることができるため、一見するとメリットが大きいように思えますが、デメリットもあります。
税金など、差し引かれる金額も増える
受け取れる年金の額は、支給総額から、所得税、住民税、国民健康保険料、後期高齢者医療保険料、介護保険料などが差し引かれたものです。税金や社会保険料は年間の所得をもとに計算されるため、繰り下げにより年金が増額されると、税金などの金額も増えてしまう可能性があります。
そのため、年金の支給総額は増えているのに、受け取れる年金額は思ったよりも上がらなかったという場合もあるので、注意しましょう。
(参考:朝日新聞Reライフ.net|年金の繰り下げ受給に落とし穴 夫婦差にも注意)
加給年金を受け取れなくなる
加給年金とは、厚生年金の被保険者に年下の配偶者や子どもがいる場合、65歳以降になると上乗せされる年金です。しかし、繰り下げ受給による増額の対象とはならないため、繰り下げ受給を行うと、加齢年金の受給資格を持っているはずの期間に加給年金の受け取りを拒否したことになってしまいます。
ただし、加給年金は老齢厚生年金の有無に左右される制度です。老齢基礎年金のみを繰り下げ、老齢厚生年金を65歳から受給した場合は影響がありません。
遺族厚生年金は増えない
繰下げ受給をした人が亡くなった場合、その配偶者が遺族厚生年金を受け取りますが、この遺族年金の計算には繰下げ受給による増額が反映されません。そのため、繰下げ受給をしても、遺族年金額は変動しません。
年金繰り上げのデメリット
年金繰り上げ受給にも、繰り下げ受給と同じようにいくつかのデメリットがあります。これらを考慮したうえで、繰り上げを検討しましょう。
受給額が生涯にわたって減る
年金は、給付が開始されると生涯同じ金額が毎月支給されます。そのため、繰り上げ受給を行って、1カ月あたりの受給金額が減った場合、減額された年金を生涯受け取り続けることになってしまうのです。
早めに年金受給が始まるというメリットもありますが、長い目で見ると受給合計金額が少なくなってしまう場合もあるので注意しましょう。
一部の年金を受け取れなくなる
老齢年金を繰り上げた場合、遺族年金を受け取ることができなくなります。遺族年金は、受給者が65歳に満たないうちは老齢年金と並行して受給することができません。そのため、年金繰り上げ後に配偶者が亡くなった場合、繰り上げた老齢年金か遺族年金のどちらかを選ぶ必要があります。
前述したように、年金の支給額は生涯一律です。そのため、65歳以降に遺族年金と老齢年金の両方をもらっても、老齢年金は繰り上げによって減額されたまま、ということを理解しておきましょう。
また、寡婦年金を受け取っている場合、老齢基礎年金を繰り上げてしまうと寡婦年金を受け取る権利がなくなってしまいます。
寡婦年金とは、第1号被保険者として10年以上保険料を納めた期間がある夫が亡くなった時、妻が受け取れる年金のことです。受給可能期間は60歳から65歳ですが、老齢年金を繰り上げると受給資格が失効してしまいます。
さらに、病気やケガによって生活に制限を余儀なくされた人に支給される障害基礎年金も、老齢年金を繰り上げた場合は支給されません。日本年金機構のホームページによると、障害基礎年金の受給資格のひとつは「初診日において65歳未満」であること(※)。
しかし、老齢年金を繰り上げてしまうと障害基礎年金の受給資格そのものがなくなってしまうため、「初診日において65歳未満」に該当する場合でも受け取ることができません。
(※)日本年金機構ホームページ
働いている場合は受給額が減る
繰り上げ受給を行って働きながら年金をもらう場合、受給額が減る可能性があります。
会社に属して働いている人は、一般的に給与から厚生年金が差し引かれています。70歳未満の人が厚生年金を納めている場合、老齢厚生年金や給与、賞与の額によって年金の一部が停止される場合もあるようです。また、手取り収入額が多い場合、年金が全額支給停止となる可能性もあります。
繰り上げ受給をする前に65歳までの収入の見通しを立て、損か得かを判断しましょう。
年金繰り上げ・繰り下げはどんな人に向いているか?
メリットもデメリットもある年金の繰り上げ受給や繰り下げ受給。いったいどのような人に向いているのでしょうか。
繰り下げが向いている人
・年金額が少ない
厚生年金非加入者など、受け取れる年金額が少ない人は、繰り下げを申請しても税金や社会保険料の負担がそれほど増えない可能性が高いため、繰り下げをすると将来的に得をする場合があります。
前述したように、年金受給時期を繰り下げると毎月の受給額が上がります。令和2年以降、65歳以上の公的年金等控除額は最低110万円になるため、この金額内であれば損をすることはありません。
もし、年間の受給額が110万円を超えると課税対象となりますが、110万円未満であれば所得は0円として扱われます。さらに、基礎控除額として所得から38万円を差し引くことができるため、合計148万円以内であれば繰り下げを検討してもいいでしょう。
夫婦のどちらかだけ年金を繰り下げることもできるため、夫は従来通り65歳から、妻は繰り下げて70歳から受給するケースもあります。
・定年後も70歳まで働く場合
老後資金を確保できない等の理由から、70歳頃までは働こうと考えている人にも繰り下げ受給が向いています。
年金生活が始まるまでは働いて生活しなければなりませんが、70歳以降の年金支給額が増額されるため、退職後の生活を安定させやすくなります。
繰り上げが向いている人
・65歳になるまでの生活が苦しい
65歳になるまでの生活が苦しい人は、年金の繰り上げ受給を検討してもいいでしょう。
年金の受給資格が発生するのは、通常65歳以降。年金をもらうまでの生活は、自分の収入と貯金に頼ることになります。
しかし、仕事を退職した場合、定期的な収入がなくなってしまうほか、再就職やアルバイトなどを始めた場合でも、以前と同じだけ収入を得られるとは限りません。
このような場合、年金の給付が始まる65歳までの期間、貯蓄が少ない場合は生活に困窮してしまう可能性もあります。そのため、収入を得る手段のひとつとして、年金の繰り上げを検討するケースもあるようです。
年金の繰り上げと繰り下げは便利な制度ですが、どちらにもメリットやデメリットがあります。増減した年金額は生涯変わることがないため、自分の生活スタイルや収入、家族構成などを考慮して慎重に手続きを進めてくださいね。