その日の前田公輝は、なんだかとても軽やかだった。
3週間に及んだミュージカル『ロミオ&ジュリエット』の東京公演を終え、千秋楽の熱気がまだ体に残る中、インタビュールームに現れた彼は、よく話し、よく笑った。その言葉から、充実感がにじみ出ている。
それもそのはず。今、前田公輝は開花のときを迎えている。
2022年スタートの連続テレビ小説『ちむどんどん』に出演決定。夢だった朝ドラ出演のチャンスを手にし、その目ははっきりと光の射す方へ向いていた。
そんな自分史上最高の前田公輝に聞く、これまでの歩み。「めちゃくちゃしんどかった」という停滞期を乗り越えた30歳は、これからさらにベストを更新していく。
初のミュージカルは、呼吸の仕方から勉強しました
――まずはミュージカル『ロミオ&ジュリエット』について振り返っていただけますか。
味方(良介)とWキャストでベンヴォーリオをやれたことが大きかったですね。味方とは高校が同じなんですよ。それもあって最初は同窓会みたいな感じでワイワイやっていたんですけど。面白かったのは、演じる人によってここまで解釈が変わるんだということでした。
――どう違ったんでしょう。
ベンヴォーリオを演じるにあたって、味方は2幕に重点を置いていて、僕は1幕に重点を置いていました。僕の場合はモンタギューとキャピュレット、両家でまったく違う色を出せた方がいいなと思って。キャピュレットはどちらかというとクールというか色気のあるチームだったから、そこで対比をつけるなら、僕たちモンタギューは若者の血気溢れる空気感を前面に出した方がいいだろうなと。
そうすると、2幕と比べても、1幕の方が明るいシーンが多いし。ここでお客さんに楽しそうということが伝わったら、その分、2幕の苦しみが引き立つんじゃないかなって。自分発信というよりも、全体の流れを見ながら、そう考えました。
――歌はいかがでしたか。
めっちゃ難しかったですね(笑)。一人でカラオケに行くこともあるぐらい、もともと歌は好きなんですよ。でもそれをミュージカルで、というのはやっぱり全然違う難しさがありました。
――前田さんにとっては初の本格ミュージカルでした。
年齢としてはメインキャストの中では上の方なんですけど、最初はみんなに敬語もとれなかったです(笑)。わからないことは、「すみません、これどうやってやるんですか」って全部聞いていましたね。そこに先輩後輩とか、年上年下とか関係ないし。普通、自分の武器って教えたくないじゃないですか。でもそれをこのカンパニーの人たちはみんな快く教えてくれて。
――どんな学びがありましたか。
いろいろあるんですけど、今意識しているのは軟口蓋を上げることですね。
――ナンコウガイ…?
口の奥の天井あたりを舌でさわってみると、軟らかい部分がありますよね。そこを軟口蓋というらしくて。そんなものがあることも僕は知らなかったんですけど、あくびをするとこの軟口蓋が上がるんです。そうやって軟口蓋が上がった状態で声を出すと高音が出るっていう。
ただ、軟口蓋を上げて喋ると、(やってみて)こんなふうにすごい不自然な声になるんですよ。
――本当だ!
僕の場合、井上陽水さんのモノマネみたいになるんです(笑)。みんなこんな声じゃないよな、なんで俺だけこんな声になるんだ?って味方に相談したら、味方は息を吸うときだけ軟口蓋を上げていると言ってて。それが、僕にも合ってたんですよね。
やっぱり先生から教えてもらったことでも、自分に合う合わないというのがあって。教えてもらったことを全部正解だと思って一生懸命取り入れていたら、しんどくなっちゃって。これは合う、これは合わないという選択肢があるんだと気づいてからは、だいぶやりやすくなりました。
芝居以外の武器がほしいと思っていた
――他にはどんなことを意識していましたか。
普通に会話しているときは鼻から息もちゃんと出ているんですけど、歌になると口からしか息が出ていなくて。ちゃんと鼻から息を出すように心がけたりとか。息を回すというのも、今回教えてもらいました。
――息って回るんですか。
回るんですよ。僕もまだ詳しく説明できるほど理解できてはないなんですけど、鼻から額を通って後頭部に沿って管を通すイメージで、そこに息を循環させるように歌うといいよと言われて。
そうすると声が柔らかくなるんですね。直線的な声って聴いている方からするとちょっとしんどくなるので。息を回して歌うことで、より聴きごたえのある歌声が出るようになる。
特に呼吸が苦しいときって、つい息を吸う方に意識が向いちゃうんですけど。大事なのは、吐くことなんだそうです。吐くことで、息が循環する。そういう体の構造から知ることができたのは勉強になりました。
――特に舞台になると、体の構造や技術の部分について改めて知ることが多いですよね。
そうですね。知れて良かったですし。大好きな歌をお仕事にできた喜びが僕の中では大きいです。いつかディナーショーとかもやってみたいです!
――ディナーショー!
今はまだ公演が残っているので行けないですけど、いつか落ち着いたらカラオケに行ってみたいですね。で、今回身につけたものを使って、今までよく歌っていた十八番を歌いまくりたい(笑)。
――このタイミングで初ミュージカルに挑戦ができたことは、どんな意味がありましたか。
コロナが始まるちょっと前から芝居以外の仕事にも挑戦してみたいという気持ちがあって。と言うのも、自分が30になったときに、後輩に相談されて「わからない」と言わない先輩になりたかったんですよ。カッコつけかもしれないけど、何を聞かれても知ってる大人になりたかった。
そのためには経験が必要で。ずっと芝居しかしてこなかったから、芝居以外の武器がほしくて。でも、今このタイミングで1から学ぶのには勇気がいる。ミュージカルをやると決めたときも最初は怖かったですし、踏み出そうにも踏み出せないところがあったんですけど、いざ踏み出してみたら、すごく楽しかった。
たぶん僕は何をするにしても、そこに楽しさを見出すのが得意なのかもしれない。だから今はもっと知らないことを知りたいし、やったことのないことを探したいという気持ちが強いですね。
オンラインサロンでは、タメ口になっているらしいです
――コロナの話が出ましたが、コロナ禍を経て、改めて何か考えたことはありましたか。
表に出ることが難しくなって、みんなと顔を合わせることもできないし、僕のことを好きでいてくれる人たちとイベントをしたりとか、そういうこともできる環境ではなくなって。三密がダメと言われる時代だからこそ、みんな密になれる場所を求めているし、密をつくれる場所って必要だなと思いました。
去年の9月からオンラインサロンを開設したのも、密になろうと思ったのがいちばんの理由ですね。
――やってみてどうですか。
最高ですね。もっと早くからやっておけば良かったな〜って。ファンの方からの言葉で気づいたんですけど、僕、TwitterとかInstagramでは敬語なんですけど、オンラインサロンではタメ口を使っているらしくて。それくらい安心しきっていてるんでしょうね、オンラインサロンでは。
毎日ずっと更新してるんですけど、すごく楽しくて。こういうのって最初に企画を立てるのはいいけど、三日坊主になりがちじゃないですか。でも、僕はずっと芸能の仕事をしているからか、表に立つのが好きだからなのか、全然飽きない。
よくファンの方は「公輝くんに支えられています」とか「生きがいです」と言ってくれますけど、僕の方こそ支えられているし生きがいだし。それを伝えられるし感じられるプラットフォームがオンラインサロンで。ちゃんと自分を見つめ直す機会にもなっている。本当に立ち上げてよかったなって日々感じていますね。
――安心できる存在を身近に感じられることがプラスになっている。
そうですね。うちって家族が異常なぐらい仲良くて。そういう関係をもっと広げたいなと思って、ファンクラブの名前も「fan-ily」というfanとfamilyを合わせた造語にしました。
この間も『ロミジュリ』の夜公演の前に別の仕事があって、それを終えてから劇場に向かったんですけど。僕は忙しいのは全然平気なんですね。むしろ3ヶ月仕事がなかったときもあるぐらいだから、こんなふうに今お仕事をさせてもらえるのは最高だよって話をオンラインサロンでしたら、ファンの方たちが、本当、あなたたちのために頑張れるよと思えるような優しい言葉をいっぱいくれたんですよ。
従来のファンクラブとの違いは、距離の近さ。レスポンスが速くなった分、距離が縮まった感覚が僕の中でもあって。改めて、僕はなんてファンに恵まれているんだって実感しています。
――その他、コロナ禍での取り組みのひとつに、アパレルブランド「GM」のプロデュースもありました。
それも初めてのことで、わからないことばっかりで、正直怖かったんですよ。ただご縁があってお声かけいただいて。ちょうどさっきも言った通り芝居以外のことに挑戦したい時期でもあったので、今がタイミングなのかなと思ってお受けして。
そしたら第1弾が5分とかで即完して。再販も5回くらいしたのかな。とにかくすごい反響で。挑戦するのは怖かったけど、結果が出たことでやりがいを感じられた。それもファンのみんなのおかげだし、つくづく僕はファンの人たちに支えられているなと思いますね。
――僕もSNSをやっているんですけど、前田さんのファンの方から丁寧な布教DMやリプライを何度かいただいたことがあって。すごく素敵なファンの方がいらっしゃるんだなと思ったのを覚えています。
そうなんですよ! 本当にいい人たちばっかりなんです。今ってSNSってめちゃめちゃ大事じゃないですか。おそらくですけど、オンエアと同時期に撮影が進んでいるドラマだったら、SNSの反響次第で役が大きくなる可能性も十分あるくらい影響力があると思っていて。
ここだけの話、「SNSでみんなの力借りていいですか」って言ったこともある(笑)。「fan-ily」は一応ファンクラブという形式ですけど、僕としては一緒に芸能生活を楽しみましょうという感覚でやっているところがあります。
実際、ファンのみなさんがSNS上で熱心に応援してくれるおかげで、気づいたら現場でもSNS大使みたいに言われることとかありますしね。だから、最近はファンから仕事をもらっている可能性もなきにしもあらずです(笑)。
――ファンのみなさんが営業部長なんですね。
本当に(笑)。まだそんなに回数はできていないんですけど、オンラインサロンでも「家族会議」というのをやっていて。写真とか絵とか、すごいセンスのある方がいっぱいいるので、みんなの特技を持ち寄って何かできたらいいなって考え中です。
一番になりたい気持ちが、僕と轟の共通点
――おそらくそうしたファンのみなさんが増えたきっかけのひとつが、『HiGH&LOW』の轟洋介だったのではないかと。轟は、誰もが認めるハマり役でした。
轟は僕と180度違いますね。全然喋らないし。台本にこれだけ「……」が多い役をもらうこともなくて。めっちゃ頭痛いですもん、轟をやるのって。
――自分とはまったく別人になるのって大変ですよね。
僕、自分の中で役づくりの方法がどんどん変わってきていて。昔は結構ゼロからつくっていたんですよ。でも今は自分の延長線上で役をつくっていて。轟に関しても、それこそはじめのうちはゼロからつくっていたつもりだった気がしますけど。
でも結局ゼロからつくっていようが自分なんですよね。そのことに気づいていないようにしていたのかもしれないです。
――それは、演じる以上、自分という人間が媒介になるから?
そうなんですよ。自分というフィルターを通しているのに、それを信じたくなかった。ゼロからつくれる役者ってカッコいいし、ちょっと憧れている部分があったんで、そうやって言い聞かせていたのかなって。
――つまり、前田さんの中に轟的な部分がどこかにあると。
ありますね。学生の頃って仕切り屋というか、俺は右に行くけど、みんなどう?って聞いたら、みんなも右に来てくれるような学生生活を送っていたんですけど、やっぱり上には上がいて。自分より人を惹きつける人を目の当たりにして、悔しい思いもしていたんで。そういうところは轟に通じる部分なのかなと。
言葉は幼稚ですけど、基本的に一番になりたい人間なんですよ、僕も、轟も。で、自分より上の人間と出会ったときに、その悔しさを僕は言葉で発せられるタイプだけど、あいつはたぶん拳が出ちゃうというか体で表現してしまう人間で。轟自身が乗り越えられない壁が小さい頃から何度もあって。それがあいつの性格をねじ曲げた要因だと思うんですけど。
進む道は僕と轟でズレているけど、入口は同じ経験をしてきたと思う。なんかこういう話をしていると、やりたくなりますね、轟を、今すぐにでも。
憧れの朝ドラに出演できることがうれしい
――今後の前田さんの活動としては、2022年前期の連続テレビ小説『ちむどんどん』が控えています。やっぱり朝ドラは大きいですか。
大きいですね。未知数ですし。毎年どれだけ朝ドラに想いを寄せていても、少しも距離が縮まらない感じだったので。
――今はヒロインだけではなく、周りのキャストも次々と朝ドラをきっかけにブレイクしていますからね。次の朝ドラが前田さんのキャリアを大きく変えることになるかもしれません。
そうなんです。でも、ただ出るだけじゃダメで。せっかく出られたのに、何もネタがないやつだけにはなりたくなかったので。朝ドラの前にこうして本格的なミュージカルをやらせてもらえたことは本当に幸せでした。だから、自分にとっては今が本当に最高のタイミングというか。
こう言うと上から目線かもしれないですけど、ちゃんと自分が出ることによって話題性もつくれると自信を持てるようになったこのタイミングで、朝ドラという大きな舞台を与えてもらったことに心から感謝しています。
――応援しているファンのみなさんにとってもビッグニュースだと思います。改めて今、ファンのみなさんになんと伝えたいですか。
僕は本当にファンに恵まれていて。そう言うと、みなさん「いや、それは公輝くんが素敵だから」と言ってくれるんですけど、本当にそんなことはなくて。正直、昔を振り返ったら、絶対世間からいいように思われていないだろうなという自分もいたし。「なんでこんな俺を応援してくれるんだろう?」ってわからなくなるときもあったんですよ。
でもそういうときに決まって、「公輝くんの魅力はこういうところだから」ってファンの方が教えてくれて。自分でも知らない自分を知れたのは間違いなくファンの方たちのおかげだし、それが今の僕の人格になっている。
朝ドラも決まって、僕は今、すごい楽しい未来が待っているような気がしているし、楽しいものを届けられる気がしているんですけど、そこまで自分の人生を楽しいと思えるようになったのは、やっぱりファンのみなさんがいてくれたからなんですよね。
だから今までありがとうございますと、これからもよろしくお願いしますというのが僕の言いたいことのすべて。端的だけど、それに尽きますね。
晴れやかな笑顔でファンへの想いを言葉にする前田公輝。だが、こんなふうにまっすぐ前を向いて歩けるようになるまでには、険しい道もあった。無敵だった高校時代。そこから少しずつ仕事が減りはじめた20代前半。社会人として輝く同級生たちを見て、必死に自尊心を守ろうとしていたかつての自分。そんな暗がりの先に見つけた活路とは?
この先のインタビューは、オンラインサロンメンバー限定でお読み頂けます。