「自分の描いた絵が物語るストーリーを誰かに理解してもらえたとき、脳汁が出るような快感を味わえるんです」
ジェスチャードローイングとVST(ビジュアルストーリーテリング)という描き方の魅力を伝えるオンラインサロン「VST酒場」。サロンを運営している砂糖ふくろうさんは、2つの技法を用いて絵を描く魅力をこう表現します。
上手な絵よりも伝わる絵を描くというのはどういうことなのか。砂糖ふくろうさんとジェスチャードローイングの出会いやサロン開設の経緯から、その面白さを紐解きます。
「線1本」から始まったイラストへの道
ーー砂糖ふくろうさんは、小さい頃から絵を描くのは好きだったんですか?
思い返してみると、クラスの絵描きが好きなみんなと机に集まって、落書きをするということはしていたと思います。
小中高は「ここなら入賞できそう」と思ったイラストコンクールに応募して、賞を獲ったりしていたのですが、「絵を描くのが好き!」というよりは、みんなとのコミュニケーションツールとして使っていたり、周りからの評価をもらうためにどれだったら賞が取れるか?といった戦略的な要素の方が大きかったと思います。
ただエンタメに触れる機会は多かったです。親がハリウッド映画好きだったので、3歳から28歳まで毎日洋画を観ていました。私自身はマンガ好きで、小学4年生から今日まで、読んだ数は月100冊を下回ったことはありません。
ーーすごい量!それが今のご活動にも影響しているのかもしれませんね。ではどういった流れで、イラストの道へ進むことになったのでしょうか?
昔の私は努力がとにかく苦手で、若いときは「人生詰んだな」とすら思っていたんです。そんなとき、ネットサーフィンをしていたら「絵は線1本描けば線1本分上手になるよ」と書かれたサイトに出会いました。
やりたいこともなければ生活もままならない。そんな崖っぷちに立たされていた私は、「じゃあ線1本から始めてみよう」と思いました。
当時はとにかく生計を立てる必要があったので、絵の練習を始めたと同時にイラストレーターとして開業届を出しちゃいました。
そのときは、〇〇先生(超大御所)のように「私よりも下手な絵で生計を立ててる人がいる」と思い、これなら私でも食っていけると思ったんですよね。今思うと恐ろしい勘違いをしていなと思います(笑)。
ーー豪快すぎるキャリアのスタートですね(笑)。
そこからしばらくして、思うような絵が描けないという時期が続きました。そんなとき、たまたまインターネットで『リズムとフォース:躍動感あるドローイングの描き方』という書籍を見つけたんです。
この本の表紙がまさに、私が描きたいと思った絵そのものでした。その後、師匠でもある栗田唯さんと出会い、本格的にジェスチャードローイングについて学んでいったんです。
そこから、広告マンガやイラストレーターの仕事のかたわら、ブログやSNSでも発信していくようになりました。そのとき、スーツドローイングの絵を投稿したらすごくバズっちゃって。
https://x.com/hakubi8888/status/947538048757022720/photo/4
ーーこの投稿、私も覚えています。スーツに対する癖(へき)がたくさん詰まっていて、大反響でしたよね。
ここから一気にフォロワーさんが増えて、また出版社さんから声をかけていただいてイラストのセミナー講師も始めました。コロナ禍に入ってからは、オンラインのクラスを年2〜3回の頻度で開催していたんです。
すると、受講者さんから「継続して学べる場所がほしい」という要望があって。そのタイミングでDMMさんからお声がけいただき、オンラインサロン「VST酒場」を開設しました。
名詞ではなく動詞でストーリーを描く面白さ
ーー砂糖ふくろうさんが教えているジェスチャードローイングについて、あらためて教えていただけますか?
ジェスチャードローイングは「人体ドローイング」の一種であり、VSTの最初のステップでもあるんです。
ジェスチャードローイングは、人の動き=ジェスチャーに対して線を引く(ドローイング)することから始まります。ここで大事なことは、名詞ではなく動詞を描くということです。
ーー名詞ではなく動詞を描く?
名詞とは例えば、髪の毛や手足のこと。絵を描くのにつまずいてしまう人は、どうしてもこうした細部を気にしてしまいます。そうではなく、ジェスチャードローイングはその人が「何をしているか」にフォーカスするんです。
例えば、棒人間が手で四角いものを持っている絵を描くとしますよね。それを見た人は、「この人は何かを持っているんだな」ということがわかります。
椅子に座っている人であれば、まずは線1本でその動作・姿勢を表現して、そこから徐々に身体を描いていきます。
https://x.com/hakubi8888/status/1728725267496214881/photo/1
ーーこうして見ると、線1本からでもその人の姿勢が見えてきておもしろいです。
ジェスチャードローイングでは、絵の上手い下手ではなくこの「伝わるか伝わらないか」というラインがとても大切です。伝えるという新しい観点から絵を描くので、ほとんどの人が同じスタートラインから絵を描き始められます。
VSTではさらに、さまざまな小道具(プロップ)を用いて表現をふくらませています。例えば手を振っている人がいるとします。その人が買い物袋を下げているのか、別の何かを持っているかによって、ストーリーは大きく変わりますよね。
ーーなるほど、プロップによって、状況や感情が伝わってくるんですね。
包丁を持っている人、驚いている人、手で顔を覆い隠している人。ジェスチャードローイングでは動詞を描いていましたが、VSTでは「形容詞込みの動詞」を描くことで、相手に物語を伝えるんです。
そういう意味では、論理的な要素と感性的な要素、ルールとクリエイティブをどちらも含む言語だと思います。
描く恐怖から解放されて”楽しい”を積み重ねられる場所
ーー「VST酒場」にはどんなメンバーさんが多いですか?
9割以上が女性で、30代後半〜40代半ば、絵を生業としていない人がほとんどだと思います。スーツドローイングやセミナーを通じて私を知って入会してくださる人が多いです。そのなかには、「描くのがしんどくなって、砂糖さんとだったら楽しく描けると思った」という理由で入会した人もいます。
ーー描くのがしんどくなったというと?
もっと上手に描かなきゃ、時間をかけて完璧なものを出さなきゃ。そういう重いに縛られて、絵を描くのが辛くなりやめてしまう人は少なくありません。私はいつも、「線1本でOK!」とメンバーさんには言うんです。
そうやって、絵を描くという行為を楽しく積み重ねられる場所というのが、メンバーさんにとってもありがたいのかなと思います。
実際に、「VST酒場」を手伝ってくれているスタッフさんも一緒に1年間ジェスチャードローイングを描き始めてくれて。1年でこんなに上手になりました。
ーー夢中に料理の写真を撮っている人の表情や仕草がとても素敵です。
ちなみに、VST酒場には月1回、絵に関わらずどんなことも相談していいという「保健室」というコンテンツを用意しています。
サロンメンバーさんは、VST酒場を「安心安全を感じられる場所」「ここだったら大丈夫と思える場所」と言ってくださいます。でも、私だけの体験談や感性だと、フォローできない人も必ず出てくると思うんです。
だから、保健室にはVST酒場の運営スタッフで、終末医療などに関わってきた経験を持つ人も参加してもらっています。
ーー心身のケアのプロがいるのは、とても心強いです。
みんなに伝わる最高の気分を味わってほしい
ーーVST酒場での活動の魅力について教えてください。
「他人に自分の思い描いたストーリーが伝わる」という感動を、みんなで味わえるということにあると思います。VST酒場では、一人で絵を描くわけではありません。あるお題に対してみんなで絵を描くと、十人十色の物語が完成します。
VST酒場ではその絵に対してさまざまなアイディアを出し合うんです。10時間かけて描き上げた大作ではなく、5分程度でサッと描いたものなので、みんなもあれこれと意見を出し合えます。「ここはこう描いたらどう?」と新しいアイディアを書き上げていくうちに、一人ではなくみんながイメージできる絵へと近づいていきます。
そうしてできた絵を見て、メンバー全員で「わかるー!」という共感を覚えたとき、最高な気分を味わえるんです! 運動会の練習をしたあと、喉がカラカラなときの水道水がすごくおいしかったみたいな。これを体験できるのが、VST酒場の面白さだと思うんですよね。
ーー「絵を描く」という行為で、たくさんの人と通じ合う楽しさがあるのですね。
私はジェスチャードローイングやVSTを、イラストレーターや漫画家さんだけでなく、あらゆる人に経験してほしいと思っているんです。
日常生活では、さまざまな場面でコミュニケーションの齟齬が生まれています。仕事でも、企画を進めていくうちに「考えていたのと違う」という食い違いが起きるケースがたびたび起きています。
もしもこうした場面で、VSTを学んだ人が「こういうことですよね?」と、みんなでイメージを共有できる絵を描けたら、どんな世界になるだろう。そう思うと、すごくワクワクしませんか?
VSTはルールとクリエイティブの両方を大事にしています。この概念を理解できる人が増えれば、ビジネスパーソンとクリエイターが同じ言語で話せるようになるかもしれません。
将来的には、VST酒場からそうした「ストーリーアーティスト」と呼ばれる人を育てていきたいなと思っています。
砂糖ふくろうさんが広めているジェスチャードローイングやVSTには、「伝わる喜び」という新しい観点で絵を描く面白さが詰まっていました。線1本から始まるイラスト、5分あれば描けるイラスト。そんな手軽さから始められるジェスチャードローイング、そしてVSTを通じて、砂糖ふくろうさんたちが語る「絵を描く魅力」を体験してみませんか?