日本時間8月6日に開会式が行われたリオデジャネイロ・オリンピック・パラリンピック。始まって数日、すでに日本選手のメダルラッシュに沸いています。国内・海外への政治的な影響も大きい一大イベントですが、経済市場に与える影響はあるのでしょうか?今回はSynapseでMarket Hack Salonを運営されている広瀬隆雄さんにリオ五輪がマーケットに与える影響についてレポートしていただきました。(Synapse編集部)
それにしても全然、注目されてませんね、リオ五輪(笑)
自分のことで恐縮なのですが、私はコンテクスチュアル・インベストメンツLLCというカリフォルニア州登録投資顧問会社をやっています。
そのウェブサイトには「BRICsの専門家」と謳ってある…… でも死語ですよね、BRICsって(笑)。
(注:BRICsとは、ブラジル、ロシア、インド、中国の頭文字を取ったもの)
大体、新興国への投資自体が、いまは全然、下火なんです。まるっきり、流行ってない(笑)。
これにはいろいろな事情が折り重なっている……
でも、一番重要な要因は、中国経済がこれまでの高度成長から、ぐっと低い成長率へと「軟着陸」しようとしているという事でしょうね。
中国はこれまで、ポコポコと高層ビルを建て、エネルギーもガンガン消費していた……
それが不良債権や公害の問題が顕著になってきたので、もう少し持続可能な成長の仕方というものに軌道修正する必要が出てきたわけです。
その結果、鉄鉱石や石炭をはじめとする、あらゆるコモディティの需要見通しが下方修正された……ブラジルなどの資源国は中国をアテにしていたので、目算が狂ったというわけです。
思い出してみると、リオデジャネイロ五輪の開催が決まった頃、ブラジルは得意の絶頂にありました。リオデジャネイロ沖に大深水油田が発見され、一夜にしてブラジルはお金持ちになったような錯覚を覚えた(笑) この海底油田を開発するためには、莫大な先行投資が必要になります。そのことは、大きな利権が発生することを意味する……こういう局面なのです、ブラジル人の「悪い面」が出てしまうのは。 利権に群がる政治家やビジネスマンが、入札価格の吊り上げなどの不正を次々に働いた…つまりガバナンス(統治)の欠如です。 それを見た世界の機関投資家は、愛想を尽かして、ブラジルへの投資を引き揚げた。もちろん、私も、そうしました。 だからねぇ、ハッキリ言って、もう「BRICsの専門家」って看板は、下ろそうかなって、そう思ったわけです(笑)。
でも、最近は考えが変わってきています。つまりブラジルに強気になっているということ。 その理由ですけど、まず5月にルセフ大統領が職務停止になりました。現在は、副大統領のミシェル・テメル氏が、大統領代行を務めています。 ところで、このミシェル・テメルという人は、ブラジルが軍政から民政へと移行した際、「1988年憲法」の起草者のひとりなんですね。優れた実務家ということです。 英国にむかしマーガレット・サッチャーという首相が居ましたけど、ミシェル・テメルはサッチャーの提唱したような「小さな政府」の信奉者です。 つまり、とてもマトモな人が大統領代行をつとめているのです。 ブラジルは過去にも大統領が罷免され、ピンチヒッターで副大統領が政権を担当したことがあった……1992年に当時のコロル大統領が汚職疑惑で退陣したんですね、その時、副大統領のイタマル・フランコ氏が大統領に昇格しました。 イタマル・フランコ大統領はインフレ収束のために力強い政策を打ち出し、海外の機関投資家はこれを好感しました。
まあ、くだくだ説明するより、フランコ大統領在任中のブラジル・ボベスパ指数(※注:ブラジルを代表する株価指数)がどうなったかをお見せするのが一番でしょう(笑) それにしても皮肉ですよね? アメリカでは、いま、ポピュリズムが台頭しています。 ポピュリズムというのは「エリートに牛耳られている政治の実権を、庶民に取り戻させる」ことを公約に選挙戦を戦うことを指します。往々にしてそれは扇動家(デマゴーグ)によって利用されます。 つまりドナルド・トランプですね。 有権者の立場からすると、「政治の実権を庶民の手に取り戻せ!」というのは、ぐっとアピールするものがあります。 しかしポピュリズムは、殆ど大失敗し、結局、損をするのは国民だった。
南米は、そういう情けないポピュリズムの残骸が、ゴロゴロしています。ブラジルのヴァルガスやコロル、アルゼンチンのペロンやメネム、ベネズエラのチェベスなどです。 だからいま南米の庶民はポピュリズムに幻滅しています。 ブラジルがポピュリスト的なルセフ大統領を罷免したというのは、したがって偶然ではないのです。これからブラジルの政治は保守的で堅実、かつ国際機関投資家にフレンドリーなものになると思います。