2026年8月8日、宮城県大崎市岩出山にちょっと変わった名前の博物館がオープンしました。その名も「サメサメ・サメ博物館」。オンラインサロン「シャークジャーナリスト沼口麻子の『サメサメ倶楽部』」を主催する沼口麻子さんが個人で作り上げた、サメに特化した体験型の学習施設です。

シャークジャーナリスト。東京生まれ、宮城県在住。東海大学海洋学部卒業。同大学大学院海洋学研究科水産学専攻修士課程修了。小笠原諸島父島周辺海域に出現するサメ相調査とそのCestoda (条虫類) の出現調査などを経て、現在はサメの魅力を伝える伝道師として、世の中のシャーキビリティ向上推進運動を行うフリーランス。サメの取材はスリランカ 、ドバイ、パプアニューギニアなど。ダイビングから漁港巡り、ご当地食文化調査など。
白い建物の正面に掲げられているのは、博物館の看板と「野村醫院」の文字。ここは沼口さんの祖父が院長を務めた町の医院でした。閉院後は空き家となり、更地になるはずだった建物。それがいま、かつてのレントゲン室を展示室に、診療スペースを実習室にして、サメと人が出会う場所に生まれ変わっています。
オープン後の館内で、沼口さんに誕生までの紆余曲折とこの場所に込めた想いを伺いました。インタビューに入る前に、まずは1分間の動画で館内の雰囲気をお楽しみください!
「更地にして売る」はずだった祖父母の医院を博物館に

――白くてレトロな建物で、到着した瞬間から「素敵だな」と見入ってしまいました。そもそもこの博物館は、どんなふうに生まれたのでしょうか?
沼口さん:
シャークジャーナリストとして開業してから、13年くらい経ちました。全国各地でイベントや講演会をやって、標本を作って持って行って……。そんな生活を続けるうちに、標本がどんどん増えていったんです。
普通の家では、それらを箱にしまうことしかできません。いい場所があったら、博物館みたいな形で展示したいなという想いがありました。
最初は静岡で物件を探していました。大学時代(東海大学)を過ごした場所で、気候もいいし専攻した海洋学の先生も近くに住んでいるし、駿河湾からサメもたくさん揚がる。ただ、ご縁がなくてなかなかいい場所は見つかりませんでした。
そんなとき、祖父が亡くなった後を追うように祖母が亡くなって、ここが空き家になったんです。相続するのか放棄するのか、どちらにしても、半年以内に資産を全部洗い出して手続きを進めなければいけませんでした。
――なかなかリアルな話ですね。その時に初めて、この場所を博物館にするという構想を持ったのですか?
沼口さん:
はい。当時は宮城に引っ越すなんて微塵も頭になかったんですよ。ここは毎年夏休みに遊びに来る程度で、土地勘もまったくなかったので。母も東京で仕事をしていたので、手放すことも検討していました。
そんな中、私は2週間に1回ほどここに通い、家の片付けを手伝っていました。そこで初めて、病院だった空間をじっくり見ることになりました。よく見ると、壁もすごくきれいだし、造りもしっかりしている。聞くと、東日本大震災でもほとんど揺れなかったそうなんです。
そこでふと、「個人で博物館をやるには、ちょうどいいんじゃないか」と思いました。誰も住まないなら、この建物が朽ちるまではやってみよう。そう考えて、母に「ここを引き継ぎたい」と言って移住してきました。

――とはいえ、長く空き家だった元病院の改修は大変だったのではないですか?
沼口さん:
建物があるぶん安く済むかと思ったら、古いので、ガス管も水道も全部交換となり、なんだかんだで◯千万円くらいかかりました(笑)。
大変だったのは建物内の配管です。鉄筋コンクリートなので掘って確かめるのも難しく、専門家を呼んで「多分ここからあそこに水道管がつながっているはず」って、探偵みたいに突き止めていきました。
いつオープンするかもすごく悩みました。直すべきところ、やりたいことが次々出る中、オープン日を決めるのはとても勇気が要りました。そこで、8月8日オープンと決めて、そこに向かって走りました。
「学べる・泊まれる”サメ学習拠点”」-未来のサメ博士を育てる- – クラウドファンディング READYFOR
――オープンまでの追い込みは、サロンの皆さんも一緒だったとか。
沼口さん:
はい。オンラインサロンの皆さんが、オンラインでアイデアを出してくれました。TCA東京ECO動物海洋専門学校の学生さんが長期で来てくれて、展示を作り上げてくれたりもして、みんなで博物館を完成できました。

展示に込めたこだわりとストーリー

――館内に入って目についたのは、ガラスケースに入ったサメの顎や頭骨の標本です。「白撞木鮫(シロシュモクザメ)」「猫鮫(ネコザメ)」「東雲坂田鮫(シノノメサカタザメ)」「江戸油鮫(エドアブラザメ)」など、初めて目にする名前も並びます。
知らないサメの標本がたくさんあって、見ていて飽きません。これらを選んだ理由を聞かせてください。
沼口さん:
大学で学芸員資格の授業を受けたとき、「博物館で一番やっちゃいけないのは、自分のコレクション自慢だ」と教わりました。自分のお気に入りをバーッと並べても、お金を払って来た人にただの自慢を見せているだけで、教育でも何でもない。
だから「なぜこれがここに置いてあるのか」という、学びのあるストーリーを大事にしています。バックヤードにはもっとたくさんの標本がある中、ぐっと気持ちを抑えて厳選しました(笑)。

――この並びにはどのようなストーリーがあるのか、すごく気になります。
沼口さん:
サメって、大きく9つの目(もく:生物を分類するグループの単位のひとつ)に分かれるんですね。ここに並んでいるのはその9目に該当するサメの一部で、形態の違いを歯などから見せつつ、歯の形から食性も考えられるように棚を分けています。
たとえばネコザメは、尖った歯ではなくて「敷石状」という硬いものをすりつぶすタイプの歯があります。実際、ネコザメは別名「サザエ割り」と言われていて、サザエを殻ごと口に入れて、ガリガリガリッと割って中身だけ飲み込んで殻はエラから出すんです。
――あんな硬い殻をエラから……?サメ恐るべし。ラベルを漢字にしたのはなぜでしょう?
沼口さん:
漢字の方が、昭和レトロっぽいかなと思って(笑)。入ってすぐのこのエリアは、写真を撮るときの世界観も大事にしたかったんです。
――この建物の雰囲気にとても合っています。
沼口さん:
サロンメンバーの子どもたちの意見を参考に、展示の仕方も工夫しています。「普通の博物館では歯を前からしか見られないから、後ろからも見えるようにしてほしい」と要望があって、背面もガラスのケースにしました。

引き出し展示は学生が作ってくれたものです。引き出しには、「サメは目をつぶるの?」「ザラザラの肌の正体は?」とさまざまなテーマが書かれていて、開けるとその答えが見られます。
――実物の資料が現れる仕掛けになっていて、「サメのオスには2本のちんちんがある!?」なんて引き出しもあり、開けるのがとてもワクワクしました。これはぜひ、来館する皆さんにも体験してほしいです。

冷凍庫3台と、お金では買えないサメ

――先ほど敷地の奥も見せていただきましたが、ガレージに大きな冷凍庫がずらりと並んでいて驚きました。
沼口さん:
ガレージは現在、サメの冷凍庫室になっていて、横幅180cmの冷凍ストッカー3台にサメがびっしり入っています。
私は普段、漁師さんからもらったサメを一度冷凍して、スケジュールを決めてから標本作業を行います。もらってすぐはなかなかできないので、一時保管の冷凍庫がとても大事なんです。
サメは大きいので、どんどん冷凍庫が増えちゃって。いずれは水産会社にあるような、業務用の大きい冷凍庫が欲しいですね(笑)。
――純粋な興味なのですが、どのようにしてサメを手に入れるのですか?
沼口さん:
いろんな方法がありますが、仲の良い漁師さんにゆずっていただくというケースがほとんどです。大事なのは、漁師の皆さんのもとに足しげく通うこと。何回も会って、話をして、人間関係を作って。そうやって今の関係性を築いていきました。
――まさに足で稼いだネットワークの結晶が、ここに集まっているわけですね。

ライト層からマニア層まで。誰もがふらっと足を運べる場所へ
――この博物館をどんな場所にしていきたいですか?
沼口さん:
ここを「サメの寺子屋」にしたいなと思っています。全国の水族館や博物館にも、素晴らしいサメの展示がありますが、多くは一般的な説明にとどまっています。「このサメをもっと調べたい」と思ったとき、受け皿となる場所がないんです。サメは簡単に獲れる魚ではないので、触れる機会もなかなかありません。
その点、私は標本作りや解剖が得意なので、そういう体験をいつでもできる場所にしたいなと。サメに興味がない人がふらっと入って、帰るときに「サメのイメージ変わった」と思ってもらえたら成功です。
一般的な知識はAIに聞けばいい時代、生身のサメに触って体験できる場所として、ここを運営していきたいです。
――ライト層への入口になりつつ、マニアックな知識も学べる場所でもあると。どんな人に来館してほしいですか?

沼口さん:
少しここまでの話と変わってしまいますが、「お腹を空かせたおじさん」にこそ博物館に来てほしいです。
サメサメ・サメ博物館では、別館でカフェを併設しています(民泊としても利用可能)。最初の想定では、「博物館でサメを楽しんだあと、ここで休む」という使い方をイメージしていました。
するとオープン初日、博物館とはまったく関係なく、お腹を空かせたおじさんがひとりで入ってきました。どこのお店も閉まっていて、たどり着いたのがここだったそうなんです。そのまま、シャークナゲットとコーヒーゼリーを召し上がっていかれた様子を見て、「この人がターゲットだ!」と思いました。
カフェで普通にご飯を食べながら「サメって面白いな」と思えるものを散りばめておいて、間違って博物館に入っちゃう。そんな導線が引けたら、一番理想の形かもしれません。
――サメを使った「シャークナゲット」、肉々しいけれどさっぱりした味わいで、ものすごくおいしかったです。グラスやお皿にもサメのデザインがあるのが印象的でした。食事目的からサメに興味を持つという、真逆のプランからサメに興味を持つ人が増えたらとても嬉しいですね。
――最後にあえて伺います。沼口さんにとって、サメの一番の魅力ってなんですか?
沼口さん:
難しい……(笑)。あえて一つ挙げるなら、「分かっていないこと」かなと思います。
たとえばジンベエザメは、水族館で一番人気の魚だったりしますよね。それなのに、どこで何匹、どうやって子どもを産んで、その子どもがどこを回遊して大きくなるのか誰も知らないんです。交尾のシーンすら、誰も見たことがありません。サメって、知っているようで何も分かっていないことが非常に多いので、そこも魅力のひとつかなと思います。
サメやエイの仲間の38%ほどが絶滅危惧種になっているのに、日本にはサメの保全団体がないし、小学校で海の教育もしていません。この状況で私にできるのは、サメの魅力を伝えながら、海に興味を持ってもらうこと。
ここに来た人が「保全のためには何が必要なんだろう」という気づきをそれぞれ持って帰ってくれれば、サメサメ・サメ博物館は大成功だと思っています。
知っているようで、何も分かっていないサメ。その入口として、宮城にある真っ白な博物館に立ち寄ってみるのはいかがでしょうか?気づいたときには、あなたもサメの世界に足を踏み入れているかもしれません。そして、もっともっとサメを深く知りたくなったら、同志たちが待つ「サメサメ倶楽部」の扉を開けてみてください!



