働き方改革が広まるにつれて、得意なことを活かしてフリーランスとして副業を始めたり、会社員のまま週末起業したりする人が増え、ますます起業が身近になってきました。とは言え、起業に興味はあるものの、なんだか難しそうな気がして二の足を踏んでいる人も多いのではないでしょうか。(参考:厚生労働省 「働き方改革」の実現に向けて)
この記事では、まず起業に必要な手続きや資金調達の方法を解説し、さらに、起業の成功例・失敗例や、起業に関する最新のデータもご紹介します。みなさんが起業に向けて最初の一歩踏み出すための参考になれば幸いです。
起業とは
まず、起業とは厳密にはどういう意味なのでしょうか。似たような意味合いで「創業」、「開業」といった表現が使われることもありますが、実はそれぞれ少しずつ違うものを指して使われるのが一般的です。
「創業」というのは、事業を始めることを言いますが、未来のことに対しては使いません。「創業〇周年」という表現はよく聞きますが、「来年創業予定」とは言いませんよね。
そして、「開業」という言葉は、個人で事業を始める時に使われます。いわゆるフリーランスとして活動する場合がこれにあたります。個人事業主として活動し始める時に「開業届」という書類を税務署に提出することに由来する表現です。
これに対して「起業」は、事業を始めるために会社を作ることを指して使われるのが一般的です。ただし、個人事業主も会社を作った起業家も、同じように「自営業」と扱われることが多いため、個人事業主としての開業を「起業」に含める場合もあります。
起業の形態を選択する(法人か個人事業主か)
前述のように、広義での「起業」は、会社を作って法人として事業を行うか、個人事業主として事業を行うかの2種類に大別されます。
法人と比べると、個人事業主は起業にかかる手続きや起業後の経理処理が簡単ですが、税制上の優遇は少なく、社会的な信用も得にくいため、取引先獲得や人材の採用では不利と言われています。事実、個人事業であれば開業届を出すだけで費用をかけずに開業できますが、法人の場合には設立にも最大数十万円のお金がかかります。
一般に、事業の売り上げが1,000万円程度以上見込める場合や大規模な投資を予定している場合は、法人を選ぶとよいとされます。個人事業主が後から法人化することも可能ですので、事業を始めるタイミングでどちらか迷う場合、まずは個人事業主で始めるのも一案です。
起業するには?起業方法の流れ
会社を設立する場合は、様々な手続きが必要です。最も一般的な株式会社の設立の流れを概観すると、以下のようになります。
1.準備
一番初めに行う必要があるのは、次の4つです。
・商号(会社名)の決定
・会社の印鑑(実印、銀行印、角印)の作成
・役員報酬額の決定
・資本金額の決定
役員報酬額は、法人税や社会保険料といった会社の金銭負担に影響し、いつでも変更できるものではありませんので、慎重に検討する必要があります。資本金は1円以上であれば自由に設定できますが、会社の信用や融資などにも影響するため、極端に少額で起業する例は多くありません。なお、資本金が1,000万円を超えると、設立初年度から消費税が課税されます。
2.定款の作成
定款とは、会社の原則を定めるものです。事業目的、本社所在地、出資額、発起人の氏名と住所、発行可能株式総数など、必ず記載しなければならない項目が定められています。
3.資本金の払い込み
代表取締役となる人の個人名義の銀行口座に資本金を振り込み、振込証明書などの書類を準備します。
4.登記書類作成
個別のケースによって必要な書類が異なりますが、「取締役就任承諾書」と「印鑑届出書」の2つは必ず必要です。この他に、発起人の人数に応じて「発起人決議書」または「発起人会議事録」を作成し、取締役が複数人いる場合には「代表取締役選定書」、監査役を設置する場合には「監査役就任承諾書」も作成します。
5.会社設立登記
資本金の払い込みから2週間以内に、代表取締役が法務局で登記申請を行います。直接出向けない場合は、郵送でも申請可能です。登記申請書には15万円の収入印紙を貼付します。
申請時に確認できる登録申請完了日までに連絡がなければ無事に登記完了となり、申請書の提出日(郵送申請の場合は書類の到着日)が会社の設立日となります。
6.登記後の諸手続き
登記が済んだら、以下の通り様々な機関に届出を行う必要があります。
・法務局:会社名義の口座開設などに印鑑証明と登記簿謄本が必要となりますので、まず法務局で印鑑カードを受け取って印鑑証明を取得し、登記簿謄本も取得します。
・税務署:「法人設立届」、「青色申告の承認申請書」、「給与支払事務所等の開設届出書」、「源泉徴収の納期の特例の承認に関する申請書」など、必要書類を提出します。
・都道府県税事務所:「法人設立届」を提出します。
・市町村役場:「法人設立届」を提出します。
・年金事務所:厚生年金と健康保険の加入手続きを行います。社長1人だけの会社でも加入が必須です。
従業員がいる場合には、これに加えて、労働基準監督署で労災保険に加入し、ハローワークで雇用保険に加入します。
起業に必要な知識
起業までの手続きが一通り終わっても、実際に事業を運営して利益を上げていくためには、色々な知識が必要になりますよね。そこで次は、業種にかかわらず特に強く求められる知識を挙げてみます。
マーケティングの知識
マーケティングとは、簡潔に言えば、商品を売るために必要な色々な活動のことです。市場調査、顧客のニーズに合った商品の開発、価格設定、宣伝手法や販路の選定などが含まれます。事業が利益を上げるために必須の戦略的な部分ですので、事業計画を練る際に不可欠な知識と言えます。
会計の知識
経営は常にお金に依存します。必要な資金を計算して調達し、事業計画に沿って必要な投資を行い、売り上げが出たらその余剰を再投資にまわして事業を拡大する、といった具合です。
会社の決算作業は通常税理士に任せることが多いため、細かな知識までは不要ですが、適切な経営判断を下せるよう、貸借対照表や損益計算書については理解できるのが望ましいでしょう。
税金の知識
起業すると、納めなければいけない税金がたくさんあります。法人の場合、法人税、法人住民税、消費税、固定資産税、源泉所得税など、なんと10種類以上もあるのです。納税を怠れば罰則が課され、会社の信用にも影響してしまいます。会社の資金繰りを健全に保つためにも、どの時期にどの税金をどのくらい納めるのか、きちんと把握しておく必要があるでしょう。
法律の知識
事業を行う上で、法律は遵守しなければなりません。もしあなたの事業が何かの規制に触れることがあれば、法律を知らなかったでは済まされないのです。
個人情報保護法や景品表示法といった分野横断的なものはもちろん、事業内容によっては許認可が必要な場合もありますので、しっかりと調べて必要な手続きを進めましょう。
資金調達の方法
おそらく、起業を考えている人たちをもっとも悩ませているのは、資金調達ではないでしょうか。どれだけ優れた事業計画を立てても、必要な資金がなければ事業が立ちゆきません。ここでは、起業前後に利用できる資金調達の方法を見ていきます。
融資
融資とは金融機関からお金を借りることですが、創業間もない企業が普通の銀行で融資を受けるのは難しいのが実情です。そこで、起業直後に是非活用したいのは、政府資金で運営されている日本政策金融公庫の「新創業融資制度」。申し込みから1か月程度で最大3,000万円の融資が受けられる上、無担保・無保証なので、万一会社が倒産した場合でも、社長が個人で返済する義務はありません。
その他、自治体を通して利用できる「制度融資」は、自治体のあっせんを受けて信用保証協会に保証人の役割を果たしてもらい、民間の金融機関から融資を受けるもので、こちらも創業期に利用しやすい融資制度です。
なお、日本政策金融公庫には、女性起業家、35歳以下の若手起業家、そして55歳以上のシニア起業家が利用できる「女性、若者/シニア起業家支援資金」という最大7,200万円の融資プログラムもありますので、資格を満たしている人は是非検討してみましょう。(参考:日本政策金融公庫)
補助金・助成金
補助金や助成金は、返済の必要のない資金で、主に政府や自治体が提供しています。返さなくていいのは大きな魅力ですが、基本的に後払いであることには注意が必要です。
創業期に利用しやすいものには、経済産業省の「地域創造的起業補助金」(通称「創業補助金」)などがあります。経産省以外では、厚生労働省が雇用に関連する助成金を豊富に提供しています。中には、40歳以上の起業家のみが利用できる「生涯現役起業支援助成金」のように、シニア層の起業を支援するものもあります。
自治体による補助金や助成金は多岐に渡り、事業分野を限定した補助金や、移住者への起業支援などが見られますが、東京都の「若手・女性リーダー応援プログラム助成事業」のように、女性と若者を対象にした助成金もあります。(参考:厚生労働省中途採用等支援助成金(生涯現役起業支援コース))
出資
出資とは、株式の提供などを見返りとして団体や個人から資金提供を受けることです。高い成長が見込まれる企業に投資する投資会社をベンチャーキャピタル(VC)と呼び、政府系や金融機関系の他、上場企業が主導するものなど様々なものがあります。そして、創業期の企業に投資する個人投資家はエンジェルと呼ばれ、成功した起業家などの富裕層であることがほとんどです。
出資を受けるために株式を譲渡する場合は、その分の経営権も一緒に譲渡するということですので、出資契約は慎重に検討した上で締結しましょう。
クラウドファンディング
近年存在感を増している資金調達方法が、クラウドファンディングです。インターネット上で不特定多数の人に呼び掛けて資金を募る手法で、購入型、寄付型、ファンド型、貸付型、株式型などの種類があります。
中小企業庁が発行している最新の中小企業白書によると、国内のクラウドファンディングの支援金額は2016年には約748億円でしたが、翌年には1,700億円にまで急増し、2018年には約2,045億円(見込み)に達しています。(参考:中小企業白書 2019 305頁)
他の資金調達方法と比べて気軽に利用できるので、一考の価値があるでしょう。
起業の成功・失敗例
起業の手順や資金調達方法を知った上でも、起業してうまくいくかどうか不安な人も多いはずです。実際の成功例と失敗例を見て、起業を成功に導くための要因を探りましょう。
成功例
青森県弘前市の旅行会社「たびすけ」は、地元に密着した特色あるツアー、そして体の不自由な人のための介助付きのツアーなど、大手旅行会社には見られないユニークなツアーサービスを提供しています。弘前市出身の創業者は、旅行会社に勤めていた時に体の不自由な夫を置いてツアーに参加したことを悔やむ女性に出会ったことがきっかけで事業を思いつき、ビジネスコンテストでグランプリに輝いたことで起業を決意しました。
自身の生まれ育った場所で、かつ過去の就業経験を活かした事業内容となっていますので、個人の知見が存分に活用されています。さらに、個人的な体験を通して気づいたニーズに基づく具体的なビジネスアイデア、独自性の高いサービスなど、参考になる点も多いでしょう。
失敗例
退職金を使ってカフェを始めようとしたシニア起業家。業者の勧めに従って内装にお金をかけ、高級志向のコンセプトのもと、食器なども高価なものを購入しました。さらに、こうした初期投資で元手をほぼ使い果たしながらも、融資を利用してウェブサイトの制作と集客を外注。しかし、知人以外はお客が集まらず、運転資金が尽きてあえなく廃業となってしまいました。
資本金が豊富であったことでかえって油断し、また知識がないために内装業者や集客業者に乗せられ、初期投資に必要以上にお金を使ってしまいました。起業は極力お金をかけずに小さく始めるのが無難、というのが、多くの起業経験者の意見です。
起業にまつわるデータ
最後に、起業に関係する色々なデータをご紹介します。
起業者数の推移
最新の「中小企業白書」によると、1年間に起業した人の数は、次のグラフのように全体では減少傾向にあります。一方、男女別に見ると、男性の起業家は減っている反面、女性の起業家は増えています。(参考:中小企業白書 2019 167頁)
起業した会社の継続率
起業後に会社がどのくらい存続するかという点については、様々なデータがありますが、ここでは中小企業白書に掲載されている5か国のデータをご紹介します。(参考:中小企業白書 2017 113頁)
日本だけが突出して高い数値となっていますが、これは調査対象が「帝国データバンク」というデータベースに登録されている企業に限定されているためと考えられます。このデータベースに登録されているのは国内の企業の3分の1程度で、規模の大きい企業に偏っていると言われていますので、諸外国の数値が実態に近いと考えてよいでしょう。
起業者の初期の資本金状況
商工会リサーチの「全国新設法人」調査によると、新たに設立された法人を資本金の額で分類すると、次のグラフのようになります。(参考:東京商工リサーチ 2018年「全国新設法人動向」調査)
資本金100万円から500万円の間が最も多く、続いて100万円未満、その後に500万円から1,000万円となっています。
年齢別の起業状況
最後に起業家を年齢別に見てみると、26歳から39歳までが最も多く、その後に40代、50代、60台と続きます。(参考:中小企業白書 2019 168頁)
学生起業家などには有名な人が多いので、起業家には若い人が多そうなイメージもありますが、25歳以下の起業家は実はとても少ないのですね。
起業のイメージが膨らみましたでしょうか。
試してみたいビジネスアイデアがあるけれど、いきなり会社を立ち上げるのはハードルが高い…と思っている人は、まず個人事業として始める手もあります。費用無しで簡単に始められますし、確定申告の必要があるので、会計処理や税金について学ぶきっかけにもなります。
すぐに起業することは考えていない場合も、まずは起業に向けてマーケティングなどの勉強を始めてみるのはいかがでしょうか。勉強するうちにどんどんアイデアが膨らむかもしれませんよ。
この記事を読んだみなさんのビジネスが形になる日が来るのを楽しみにしています!