時代の変容と共に、働きすぎを避けてワークライフバランスを向上させることが重要視されるようになりました。とは言え、多くの人にとって、残業は未だに避けては通れない問題のひとつではないでしょうか。
この記事では、日本における残業時間の実態について、複数の調査で示された平均残業時間と年単位の推移のデータを使って解説します。また、労働時間の世界比較や残業に関する法律についてもあわせて紹介しますので、自分の残業時間が適切かどうか、見直してみましょう。
日本人の残業時間の平均
まずは、日本人の残業時間が平均でどのくらいなのかを見てみましょう。
残業時間についての調査は様々な組織によって行われていますが、厚生労働省の「毎月勤労統計調査」がその代表と言えます。2019年に行われた同調査の結果によると、パートタイムを含むすべての労働者の月間平均残業時間は10.6時間、パートタイムを除いた労働者の月間平均残業時間は14.3時間でした。
この結果を見て、予想以上に少ないと思った人も多いでしょう。しかし、この調査は雇用主からの回答を基にしているため、調査結果には会社に申告しない残業、いわゆる「サービス残業」の時間は含まれていないのです。
これに対し、大手転職サイト「doda」が2019年に労働者15,000人を対象に行ったアンケートでは、月間平均残業時間は24.9時間と発表されています。
(参考:doda 残業時間ランキング2019)
また、OpenWork 働きがい研究所が四半期ごとに行っている残業時間の調査結果によると、2019年の月間平均残業時間は26.11時間でした。
(参考:OpenWork 働きがい研究所 「日本の残業時間 定点観測」 四半期速報)
厚生労働省による調査結果とは大きな開きがありますが、民間2社のデータはほぼ一致していますので、実態に近い平均残業時間は、月に25~26時間と言えるでしょう。つまり、週5日勤務の人であれば、1日に平均1時間強の残業をしていることになります。
残業時間の計算方法
ところで、みなさんは残業時間の正しい計算方法をご存知ですか?この機会に、残業時間をどのようにカウントするのかをあらためて確認しておきましょう。
残業は、正式には「時間外労働」と呼ばれ、法定労働時間を超えて働いた時間を指します。
この法定労働時間は労働基準法によって一律で定められているもので、日本では1日8時間かつ1週間40時間が上限です。所定労働時間を1日8時間の週5日勤務とする会社が多いのは、法定労働時間をそのまま踏襲しているためと言えるでしょう。
前述したとおり、残業は法定労働時間を超えて働いた時間ですので、1日8時間もしくは週40時間のどちらかを超えて働いた場合、その時間が残業時間としてカウントされる仕組みです。日をまたいで残業した場合でも、勤務が継続している限りは1日の労働時間とみなされるため、例えばある日の朝10時から1時間の休憩を挟んで深夜2時(26時)まで働いた場合はあわせて15時間の労働となり、法定労働時間である8時間を超えた7時間が残業時間となります。
ただし、これはあくまで原則的な計算方法です。みなし残業代制や歩合給制、裁量労働制、変形労働時間制、年俸制などの場合はこの限りではありませんので注意しましょう。
残業時間の推移(過去26年)
次に、長期的に見た場合、残業時間はどのように推移しているのかを紹介します。
近年は、過労死が大きな問題として世間の注目を集めるようになったことを受け、残業が多すぎる企業には厳しい対応が取られることも増えてきました。そういった時代背景の変容も踏まえてデータ見ていきましょう。
先にご紹介した厚生労働省の「毎月勤労統計」のデータを使って、年間の所定外労働時間の推移をグラフにすると、次のようになります。
グラフからは、世界的な経済危機のあった2009年に残業時間が急激に減少し、その後は元の水準に戻っていることがわかります。一方、過去数年に注目すると、減少傾向にあるようです。
このデータとは別に、前述のOpenWork 働きがい研究所の四半期ごとの調査結果から、2014年以降の四半期単位の推移を見てみましょう。こちらは、年間ではなく月間の平均残業時間の変化を表しています。
(参考:OpenWork 働きがい研究所 「日本の残業時間 定点観測」 四半期速報)
このデータからも、2010年代半ば以降は残業時間が年々減少しているのがわかります。近年推進されている働き方改革も、この一助となっているのかもしれません。
職種別 残業時間の平均
日本の平均的な残業時間は上記の通りですがが、残業の多さは職業によって大きく違うと言えます。
続いては、主な職種別に残業時間を見てみましょう。ここでは、パーソル総合研究所が2017年から2018年にかけて約1万人を対象に行った調査のデータを参考にしています。
(参考:パーソル総合研究所・中原淳 長時間労働に関する実態調査)
医療職
看護師など医療系専門職種の残業時間は月平均13.93時間、このうち4.79時間がサービス残業となっています。また、月に30時間を超える残業を行なっている割合は、全体の14.9%でした。
介護職
介護福祉士やヘルパーなどを含む福祉系専門職では、月平均の残業時間は14.56時間、うち
5.22時間がサービス残業となっています。また、月に30時間を超える残業を行なっている割合は、全体の14.0%でした。
保育士など
保育士と幼稚園教諭では、月平均の残業時間が18.42時間、うちサービス残業が12.01時間となっており、残業時間自体は少ないものの、残業代がきちんと支払われていないことがわかります。月に30時間を超える残業を行なっている割合は、全体の20.1%でした。
IT技術者
IT系技術職の残業時間は月平均26.93時間と、日本全体の平均に近い数字になっています。
また、サービス残業は5.84時間と、残業時間に占めるサービス残業の割合は比較的低め。
一方で、月に30時間を超える残業を行なっている割合は全体の38.4.0%で、残業時間が多い人と少ない人の差が大きいことがわかります。
コンサルタント
コンサルタントの残業時間は月平均24.98時間、うちサービス残業は11.31時間とされています。また、月に30時間を超える残業を行なっている割合は、全体の33.0%でした。しかし、この調査ではコンサルタントに該当する回答者が少なかったため、実態とは差があることも考えられます。あくまで目安として参考にしましょう。
営業
営業職の残業時間は月平均26.40時間、うちサービス残業は11.75時間でした。また、月に30時間を超える残業を行なっている割合は、全体の37.2%となっています。
事務職
事務やアシスタントの残業時間は、月平均で15.85時間、うち4.25時間がサービス残業でした。また、月に30時間を超える残業を行なっている割合は、全体の16.3%となっています。
接客業
販売やサービス系の職種では、月平均残業時間が20.99時間、うちサービス残業が7.26時間でした。また、月に30時間を超える残業を行なっている割合は、全体の27.0%となっています。
建築・土木系
建築・土木系の技術職種では、月平均の残業時間が32.74時間で、この調査で使われた30ほどの職種分類のうち、3番目に残業が多い職種となりました。このうち、サービス残業は11.46時間、月に30時間を超える残業を行なっている割合は、全体の48.6%となっています。
クリエイティブ職
WEBデザイナー、プランナー、デザイナー、各種クリエイターなどからなるクリエイティブ系職種では、月の残業時間は平均35.9時間で、この調査で使われた30ほどの職種分類のうち、2番目に残業が多い職種となりました。このうち、サービス残業は11.84時間、月に30時間を超える残業を行なっている割合は、全体の46.5%となっています。
ドライバー
この調査で使われた30ほどの職種分類のうち、最も残業時間が長かったのがドライバーです。月平均の残業時間は41.24時間と日本での平均を大きく超える結果となりました。また、月に30時間を超える残業を行なっている割合は全体の53.5%と、長時間の残業を行う人の割合もかなり高いようです。
一方で、このうちサービス残業は12.82時間となっており、残業時間自体は長いもののきちんと残業代が支払われている業種であることがわかります。
世界と労働時間の平均を比較
日本は海外と比べて残業が多いイメージがあるかもしれませんが、実際はどうなのでしょうか。OECDの年間労働時間のデータを使って、日本の労働時間を世界各国と比較してみましょう。なお、このデータは残業時間を含むすべての労働時間を合計したものです。
(参考:OECD Data)
デンマーク、ノルウェーなどの北欧諸国、そしてドイツ、フランス、イギリスなど西欧主要国では、日本よりも労働時間が短いことがわかります。一方で、北中米やオセアニア、南欧の国々、そしてロシアや韓国では、日本よりも労働時間が長いようです。
参照したデータで比較すると日本は中央値に近く、日本の労働時間は世界に比べて異常に長いと考えるのは時期尚早と言えるかもしれません
残業時間と法律の関係
最後に、残業に関する法律について確認しておきましょう。特に、2019年から働き方改革関連法の施行が始まり、残業時間に規制が導入されていますので、変更点には注意が必要です。
残業時間に上限規制が適用されることに
働き方改革関連法が施行され、時間外労働に上限が導入されたことにより、2019年4月1日から(中小企業の場合は2020年4月1日から)、原則として「月45時間、年360時間」が残業時間の上限となりました。月45時間というのは、1日あたり約2時間の残業に相当します。特別な事情がある場合は、労使双方の合意によって年間720時間、複数月平均80時間、月100時間までの残業が可能ですが、月45時間を超えて残業が許されるのは年間6か月までとされています。
これらに違反した場合には経営者に罰則が課される場合もありますので、注意しましょう。
36協定(サブロク協定)って何
実は、働き方改革関連法が施行される前から、残業時間には上限が設けられていました。使用者(企業等)と労働者が結ぶ「36協定」というものがこれにあたります。この協定は、労働基準法36条に基づく労使協定であるため、このように呼ばれるようになりました。
36協定は、使用者と労働者が残業時間の上限に合意するもので、1週間で15時間、1か月で45時間、3か月で120時間、1年で360時間などと、定められた選択肢の中から設定することが可能でした。しかし、この合意に法的拘束力はなく、特別条項を付けて36協定を締結していれば、上限を超える残業をさせることが許されていたのです。
これに対し、先に紹介した働き方改革関連法によって残業時間には罰則付きの上限が定められたため、今では上限を超えて労働者を働かせることはできなくなりました。
(参考:en人事のミカタ|36協定とは何ですか?)
残業時間の過労死ラインとは
ニュースなどで過労死が取り上げられることもありますが、過労死として労災認定される場合、目安となる残業時間の基準があります。これを過労死ラインと呼びます。
あくまで目安となりますが、死の原因となった疾患の発症前1か月間に100時間程度、または発症前2~6か月間の平均で月80時間程度を超える残業を行っていた場合は仕事との関連性が強いと判断され、過労死と判断されるケースが多いようです。
働き方改革関連法における、特別な事情のある場合の規制(複数月平均80時間、月100時間を上限とする)はこれを踏襲していると言えます。月80時間の残業と言うと、1日4時間程度です。加えて、疲労の蓄積によって脳や心臓の疾患を発症する危険があることが、厚生労働省によって明確に示唆されていますので、気づいたら過労死ラインを超えていたということがないように、十分気を付けましょう。
(参考:厚生労働省 脳・心臓疾患の労災認定)
この記事は、日本全体や職種別の残業時間の平均と世界の労働時間、そして法律で定められている残業時間の上限について紹介しました。毎日何時間も残業したり、自宅に仕事を持ち帰ったりしている人からすれば、全体の平均残業時間が25時間程度というのは意外な数字だったのではないでしょうか。
世界的に見れば日本の労働時間は決して長いとは言い切れませんが、福祉が充実している北欧の国々などと比べると、まだまだワークライフバランス向上の余地があると言えそうです。働きすぎで健康を損なうことのないよう、関連する法律上の規制も念頭に置いて、きちんと労働時間を管理していきましょう。