スマートフォンのアプリなどでも手軽にできる脳トレが流行していますが、その中で、脳の「ワーキングメモリ」という言葉を耳にしたことはありますか?このワーキングメモリは、私たちの日常生活に欠かせない機能を持つもので、仕事の効率やケアレスミスなどにも密接に関係していると言われます。
そこでこの記事では、まずワーキングメモリとは何かを解説し、具体的な鍛え方や解放するためのコツをご紹介します。さらに、自分のワーキングメモリの状態をチェックするための簡単なテストも用意していますので、テスト結果をふまえて、脳の処理能力アップのためにどんな工夫をするべきか検討してみましょう。
ワーキングメモリとは?
脳のワーキングメモリとは、情報を一時的に記憶して同時に処理する能力のことを指し、人間の思考や行動の制御に関わる重要な機能を担っています。この能力は「作業記憶」と呼ばれることもあります。
人間の記憶には「長期記憶」と「短期記憶」というものがありますが、ワーキングメモリは短期記憶よりもさらに短時間だけ情報を保持するものです。例えば、電話をかける時は、相手の番号を見て、打ち込み終わるまでの数秒間だけその電話番号を記憶しますが、電話が終わるころにはもう番号を覚えていないでしょう。このように、ごく短い間だけ記憶を保持するのがワーキングメモリです。
ワーキングメモリは、パソコンのメモリ(RAM)、あるいはキャッシュメモリと同じように、容量が限られているため、新しい情報が入ってくれば、古い情報は次々に押し出されていきます。そのため、長期的に記憶を保持することができないのです。
ワーキングメモリの処理能力は加齢とともに衰えるとされており、50代に差し掛かると約30%も低下すると言われています。
ワーキングメモリの働きが低いことによる影響
それでは、実際にワーキングメモリの働きが低下するとどのようなことが起きるのでしょうか。
ワーキングメモリがうまく働いていない時に起こりやすいのが、いわゆる「ど忘れ」です。これは、何か目的があって作業をしている途中で、新しい情報がワーキングメモリの処理能力を超えて入ってくることによって、最初に保持されていた情報が押し出されて思考停止に陥ってしまう状態です。
さらに、ものごとに集中するのが苦手、気が散りやすい、忘れっぽい、物をなくしやすいなどの、注意欠陥・多動性障害(ADHD)の特徴も、ワーキングメモリ不足と関係していると考えられています。
ワーキングメモリのチェックテスト
ここまでワーキングメモリの特徴や働きが低下することによる影響について紹介しました。次は、自分のワーキングメモリの容量がどのくらいか簡単にチェックしてみましょう。
のちほど紙に回答を書いてもらう必要があるため、まずはお手元に筆記用具を用意してください。用意ができたら、下に書いた5つの単語を覚えましょう。手で隠した状態で5つ全てを言える状態になるまで、声に出して読み上げてください。
ゆり かばん くうき なすび あたま
覚えたら、画面をスクロールして5つの単語が見えないようにした状態で、下の課題1に進んでください。
課題1
2分以内に、動物の名前を10個、紙に書き出してください。
課題2
2分以内に、最初に覚えた5つの単語を紙に書き出してください。
回答が揃ったら、次の通りに採点しましょう。
課題1:回答1つにつき2点(最大20点)
課題2:正解1つにつき6点(最大30点)
それぞれの課題の採点ができたら、2つの課題の合計点(最大50点)を計算しましょう。
合計点にもとづき、ワーキングメモリの機能を次のように評価できます。
0~10点:低い
11~20点:やや低い
21~30点:普通
31~40点:やや高い
41~50点:とても高い
さて、自分のワーキングメモリの容量がどれほどか把握できましたか?何かを記憶した後に別のことをして、その後で最初に覚えたことをもう一度思い出す、というプロセスにおいて、ワーキングメモリの能力が発揮されます。
上記のチェックテストで思ったより苦戦した人も、満足のいく結果だった人も、ワーキングメモリは多いに越したことはありません。ここからは、ワーキングメモリの機能を最大化するための鍛え方と解放の仕方をご紹介していきます。
(参考:NHKテキストView|あなたの脳のワーキングメモリ力は? 簡単なテストで今すぐチェック)
ワーキングメモリを増やすための鍛え方
ワーキングメモリは後天的には増やせないという意見もありますが、最近は、意識的に鍛えて解放することで、その機能を高められるとも言われています。まずは、ワーキングメモリを鍛えるために手軽に試せる方法をご紹介します。
睡眠を十分にとる
ワーキングメモリを鍛えるために、まず気を付けたいのが睡眠です。
2019年にアメリカの有名大学や国立研究所の学者たちが発表した研究結果(※)では、「睡眠不足がワーキングメモリの減少に関与している」と指摘されています。また、この一例だけでなく、睡眠不足がワーキングメモリに悪影響を及ぼすことは、ほかの研究でも報告されているのです。
つまり、ワーキングメモリの機能を最大限に発揮するためには、十分な睡眠をとることが重要だと言えるでしょう。必要とされる睡眠時間には個人差があるものの、多くの人の場合、7時間から8時間が理想と言われています。
日常生活が忙しいときは、ついつい睡眠をおろそかにしてしまいがちです。しかし、そのせいでワーキングメモリが減って、仕事のパフォーマンスが落ち、さらに睡眠時間が減るという悪循環に陥ってしまう可能性もあるため、忙しい時でも睡眠時間はしっかり確保しましょう。
(※参考:Science advances)
デュアルタスク
誰でも手軽に試せるワーキングメモリの鍛え方として、デュアルタスクがおすすめです。
デュアルタスクとは、運動と知的作業という2つの異なるタスクを同時に行うことであり、「ながら動作」とも呼ばれています。運動によって脳の体を動かす部分が活性化することに加えて、知的作業によって脳の前頭葉の部分も活性化するため、結果的にワーキングメモリの強化につながるのです。
最も簡単なデュアルタスクの例として、お風呂の時間を活用してできるものをご紹介しましょう。お風呂でシャンプーをしている時や身体を洗っている時に、前日に食べた食事の献立を朝食から順に思い出してみてください。手を動かす運動をしながら、記憶を呼び起こすという知的作業を同時に行うことになるので、これも立派なデュアルタスクです。
ほかにも、ウォーキングをしながら頭の中で簡単な計算を行うなど、デュアルタスクは日常の色々な場面で手軽に取り入れることができます。
暗算
様々な数字を記憶することが求められる暗算は、ワーキングメモリを使う作業の代表例と言えます。
試しに、頭の中で100から7を引き、引いた後の数字から同じく7を引く、という具合に、同じ数字を引き続けてみてください。簡単そうですが、実際にやってみると案外手こずってしまったという人も多いのではないでしょうか。慣れてきたら桁を増やすなど、徐々に難易度を上げていけば、ワーキングメモリのトレーニングになります。
また、数独やナンプレ(ナンパ―プレイス)のように、暗算をしながら解いていくパズルもおすすめです。こうしたパズルを収録したスマートフォンアプリは数多くあるため、隙間時間で手軽にワーキングメモリを鍛えることができるでしょう。
(参考:マイナビ転職中途採用サポネットTOP|生産性の高い人材育成に効果的!ワーキングメモリを鍛えるといい理由)
ワーキングメモリを解放しよう
ワーキングメモリは上で紹介したような方法で鍛えることができると言われていますが、新しい情報を次々に処理して仕事の効率を上げるためには、ワーキングメモリを適切に解放して容量を空けていくことが大切です。そこで、ここからはワーキングメモリ解放に効果が期待できる対策法紹介していきます。
情報を細かく分割する
バラバラな情報を自分でグループ化させて分割する「チャンク化」という方法を使えば、より多くのワーキングメモリを解放することができます。
ワーキングメモリの容量、つまり脳が一度に処理できる情報は7±2個(5個~9個)と言われています。ただし、情報はひとかたまりで1個と認識されるため、「チャンク化」を行うことで、ワーキングメモリへの負荷を減らすことができるのです。
例えば、携帯電話の番号なら11桁ですが、11個の連続した数字をそのまま覚えようとするより、3つのかたまりに分けた方が覚えやすいと感じた経験はないでしょうか。これが、チャンク化で、11個の数字の羅列を覚えようとすれば、情報の数は11個ですが、3つのかたまりに分ければ、3つの情報として扱うことができます。こうすることで、ワーキングメモリへの負荷が小さくなり、結果的により多くのワーキングメモリを解放できるのです。
チャンク化には正式なルールはないため、自分にとって分かりやすい視点で情報まとめるようにしましょう。
チェックリストを作る
ワーキングメモリの解放には、チェックリストの活用も有効です。
人間の脳は、その日にやることを頭の中に思い浮かべて優先順位をつけるだけでも、ワーキングメモリを消費します。そのため、1つのタスクが終わるたびに、残っているタスクを洗い出して、次に取り掛かるべきことを決めて…というプロセスを頭の中だけで繰り返していては、ワーキングメモリが圧迫され続けてしまうのです。
そうならないように、職場に着いたらすぐにその日のTo Doリストを作るなど、1日の始めに全てのタスクを書き出して、優先順位を決めてしまいましょう。そうすることで、タスクの整理や優先順位づけのためにワーキングメモリを消費することがなくなり、より効率的に仕事に集中できるようになるはずです。
マルチタスクを減らす
ワーキングメモリを圧迫しないためには、マルチタスクを減らす工夫も取り入れたいところ。マルチタスクでは、同時に保持するべき情報が増えて一度に多くのワーキングメモリを消費するため、ケアレスミスや業務効率の低下などを引き起こしてしまうことも少なくありません。
そのため、ワーキングメモリを最大限に活用するためにも、できるだけマルチタスクを避け、1つのタスクにのみ集中することを心がけるとよいでしょう。
メモを取る
なんでもメモに残すということは、ワーキングメモリを解放するうえでの鉄則と言えます。
例えば、人から頼まれごとをして、後でやろうと思っていたのにそのまま忘れてしまったり、書類を読んでいて気になったことを後で調べるつもりだったのに、書類を読み終わった時には何を調べたかったのか忘れてしまったり、といった経験はないでしょうか。
このように「後でやろう」と思った時などは、こまめにメモに残す習慣をつけましょう。前述したようにその日にやることを頭の中で考えているだけでもワーキングメモリは消費されてしまうため、必要な情報はこまめにメモに取ることで、ワーキングメモリが解放され、効率よく活用することができるのです。
(参考:ブレインケアクリニック|脳を鍛える〜ワーキングメモリの最大活用法〜)
仮眠を取る
ワーキングメモリの解放には、20分程度の仮眠も有効です。
これは「パワーナップ」と呼ばれる睡眠方法であり、以下の科学的根拠に基づいて、認知力や注意力が上がると考えられています。
ワーキングメモリの鍛え方についての項目でも紹介したように、脳の機能は睡眠と密接に関係しています。人が睡眠に入ると、そのまま深い眠りである「ノンレム睡眠」の状態に入りますが、このノンレム睡眠は4つのステージに分けられます。このうち入眠から15分後ほどで訪れるステージ2において、脳内の「キャッシュメモリ」と呼べるものが一掃されて脳内がクリアになり、ワーキングメモリが強化されると言われているのです。
ノンレム睡眠のステージ2は、入眠後15分あたりから10分ほど続くとされているため、26分間の仮眠が最も効果的なようです。一方、仮眠が30分を超えると深い眠りに到達してしまい、ワーキングメモリが強化の効果が得られなくなってしまうため、作業効率をアップさせる目的で仮眠をとる際は睡眠時間に注意しましょう。
(参考:大正製薬 商品情報サイト|『パワーナップ』は効果的な疲労回復法。上手に利用して疲労回復につなげよう)
ワーキングメモリは、作業全般をする際に用いられ、仕事をする上で必要不可欠な機能です。ワーキングメモリをうまく活用できれば、仕事のミスが減ったり効率が上がったりするという効果が期待できるでしょう。
この記事で紹介したチェックリスト作りやメモの活用などは、日常の中ですぐに取り入れることができます。これに加えて、ワーキングメモリを鍛えるためのデュアルタスクなどを日々の生活に取り込んでいけば、さらなるパフォーマンスの向上が望めるでしょう。
最近、仕事のパフォーマンス低下が気になっている人は、まずはもっとも手軽にできる対策として、しっかり睡眠をとることから始めてみませんか。