ビジネスの現場でも耳にすることのある「マズローの欲求5段階説」。心理学者のアブラハム・マズローが提唱した学説で、人間が抱く欲求をとらえるヒントになると考えられています。
「なぜうまくいかないのだろう……」と悩みを抱えている人は、自分自身の欲求を把握できていないのかもしれません。マズローの欲求5段階説は、現状や本当にやりたいことを知るときにも役立つ考え方。日常や仕事での活用事例なども、この記事で知っていきましょう。
マズローの欲求5段階説とは
マズローの欲求5段階説は「マズローの法則」や「自己実現理論」と呼ばれる場合もあります。マズローは人間の欲求を5つの段階に分けて考えました。
特徴は、それぞれの欲求がピラミッドのように積み重なっていること。下の階層の欲求を満たして初めて、上の階層にある欲求に足を踏み入れようとします。
お金がなくて食べ物を買うことができない、安全な飲み水を確保できないといった状況を想像してみましょう。そうした極限の状況下では食べ物や飲み物の確保に精一杯で、「将来はどんな自分になりたいか」などを考えることができません。つまり最上位の「自己実現欲求」について考えるためには、1~4段目の欲求をすべて満たしておく必要があるのです。
マズローってどんな人?
マズローの欲求5段階説を考案したのは、どのような人物だったのでしょうか。
アブラハム・ハロルド・マズロー(Abraham Harold Maslow)は20世紀アメリカの心理学者。1908年にニューヨーク州ブルックリンで生まれ、1934年にはウィスコンシン大学で博士号を取得しました。その後ブルックリン大学とブランディス大学で教授を歴任。1967年から1968年にはアメリカ心理学学会の会長を務め、人間的心理学の発展に貢献した人物です。
マズローが力を入れた人間的心理学は従来の心理学とは異なるものでした。人間の行動や精神を外から客観的に見るだけでなく、研究対象の感情などを踏まえて主観的に考えることの重要性を説いたのです。
マズローは「人間は自己実現に向かって絶えず成長する生きものだ」と仮説を立て、自己実現や創造性といった、人間の内面を充実させるために必要な心理的要素に注目しました。こうした人間的心理学研究の中で生まれた理論が、マズローの欲求5段階説です。
(参考:NRI│マズローの欲求階層説)
欲求5段階プラスαを具体例とともに解説
ここからはマズローの欲求5段階説の内容を、具体例を交えながら解説します。
1.生理的欲求
マズローの欲求5段階説の1段階目は「生理的欲求」。具体的には食欲、睡眠欲、性欲といった人間の三大欲求です。ほかにも「呼吸がしたい」、「水を飲みたい」、「トイレに行きたい」など、人間が生きていくうえで避けては通れない内容も生理的欲求に含まれます。
2.安全の欲求
マズローの欲求5段階説の2段目にあるのは「安全の欲求」。心身ともに安全で健康な状態を保つために欠かせない欲求です。
具体的には雨風をしのぐことのできる住居、生命を脅かされる心配のない平和な場所、健康に生活するために必要なお金などへの欲求が当てはまります。
1段目の生理的欲求とともに、人間が安心して生活するうえで最低限必要な要素だといえるでしょう。
3.社会的欲求
マズローの欲求5段階説の3段目は「社会的欲求」。社会や周囲の人々に受け入れられたい、と思う気持ちを指します。
たとえば「友達がほしい」、「話し相手になってくれる人を見つけたい」、「結婚したい」などの欲求です。3段目は「所属と愛の欲求」と呼ばれることもあります。
4.承認の欲求
マズローの欲求5段階説で4段目に位置するのが「承認の欲求」。社会的欲求では集団にただ所属することを欲していましたが、承認の欲求では集団の中で自分が認められることを目指します。たとえば「SNSで『いいね』をもらいたい」、「仕事を褒められたい」、「自分の仕事で達成感を味わいたい」などの欲求です。
承認の欲求は2つのレベルに分けられる場合もあります。
レベルの低い承認の欲求は、他人からの評価を欲すること。SNSにおける高評価や、周囲からの賞賛などが当てはまります。
レベルの高い承認の欲求は、自分で自分を認めること。自分の行動に達成感を覚えたり、自信を持ったりすることを指します。
5.自己実現欲求
マズローの欲求5段階説の頂点が「自己実現欲求」。自分らしく生きることへの欲求です。
簡単に見えて、実際に達成するのは困難だといわれている自己実現欲求。「自分らしく」とは他者に迷惑をかけて自分勝手に行動することではありません。自分の価値観や現状などをきちんと把握したうえで「なりたい自分」に近づくために能力を磨きます。そして磨き上げた能力を最大限発揮した結果、社会に貢献することもできるのです。
(参考:マイナビニュース│「マズローの5段階欲求」とは? 英語表現や具体例を紹介)
自己超越
マズローは欲求を5段階に分けて分析しましたが、自己実現欲求よりも上位に位置する要素も述べています。晩年に考案した「自己超越」です。
自己超越とは、見返りを求めない貢献に喜びを感じること。「世界を平和にしたい」、「貧困をなくしたい」など、実現したい内容のスケールが大きくなり、自分1人では解決できないような社会や世界の問題に向き合います。
(参考:indeed│マズローの欲求5段階説(自己実現理論)を仕事で応用する方法)
欠乏欲求・存在欲求
マズローの欲求5段階説は欠乏欲求と存在欲求に分けて考えることもできます。
欠乏欲求とは、満たされていなければ「不足している」と感じてしまう要素。生理的欲求、安全の欲求、社会的欲求、承認の欲求が当てはまります。
対する存在欲求は自分自身を高め、成長させようとするときに生じます。そのため普段から不足を感じることはありませんが、欠乏欲求が満たされているときは「存在欲求を実現したい」と考えます。マズローは自己実現欲求を存在欲求としてとらえていました。
自己実現については以下の記事でも詳しく紹介していますので、参考にしてみてください。
性質ごとに分類もできる
欠乏欲求と存在欲求のほかにも、マズローの欲求5段階説は性質に注目して分類できます。対照的な性質と比較すると、各欲求の特徴をとらえやすくなるはずです。
物質的・精神的
マズローの欲求5段階説は、物質的なものと精神的なものに分けることができます。
物質的な欲求は、生命維持において必要となる「物」に対してはたらきます。マズローの欲求5段階説では、生理的欲求や安全の欲求が当てはまるでしょう。
一方、精神的な欲求は心を満たしたいときに必要とされ、社会的欲求、承認の欲求、そして自己実現欲求は、精神を満足させるための欲求だといえます。
外的・内的
続いて紹介する分類は、外的欲求と内的欲求。欲求を自分の外と内に分けて考える方法です。
外的欲求は、住居や人間関係など自分を取り巻く環境に左右されます。マズローの欲求5段階説における生理的欲求、安全の欲求、社会的欲求は外的欲求だといえるでしょう。
内的欲求は、自分の内面を満たすために必要とされます。承認の欲求や自己実現欲求が当てはまるでしょう。
欠乏・成長
前述した欠乏欲求と存在欲求は、「欠乏」と「成長」に分けられる場合があります。
欠乏欲求は、不足しているとそれを補うために行動したくなるもの。生理的欲求、安全の欲求、社会的欲求、承認の欲求を指します。
欠乏欲求がすべて満たされると生じるのが成長欲求。つまりマズローの欲求5段階説で最上位に位置する自己実現欲求です。
生活や仕事などでの活用例
日常生活や仕事の場面でも、マズローの欲求5段階説を役立てることができます。実践方法と結果をシミュレーションしてみましょう。
日常生活の例
マズローの欲求5段階説を使って、「貯金」について考えてみます。漠然とお金を貯めようと思ってもモチベーションが上がらず、つい衝動買いをしてしまうこともあるでしょう。マズローの欲求5段階説を使えば、お金の重要性などが把握でき、貯金の目標や計画が立てやすくなります。
考えられるお金の用途をマズローの欲求5段階説に結びつけてみましょう。
生理的欲求:食費、寝具をそろえる費用など
安全の欲求:住居費など
社会的欲求:結婚に必要な費用、交際費など
承認の欲求:SNS映えしそうな物品の購入、旅行費など
自己実現欲求:起業のための費用、自分磨きに必要な習い事の費用など
もし「今よりも広い家に住みたい」と思っていた場合、貯金の目的は安全の欲求に当てはまります。安全の欲求はマズローの欲求5段階説では2段目の位置に属するため、満足がいく生活を送るうえで重要性が高いといえるでしょう。「まずは住居のために、次は海外旅行に向けたお金を貯めよう」など、優先順位や目的を明確にすれば、目標金額を決めやすくなるはずです。
仕事での例
マズローの欲求5段階説は仕事に役立てることもできます。
たとえばマーケティング分野では、顧客のニーズを把握するときにマズローの欲求5段階説を使います。顧客がどの階層の欲求を抱いているか考え、商品開発や広告戦略に役立てるのです。
不動産会社であれば、生理的欲求を抱いている人には安価で即時入居できる物件を、承認欲求を抱いている人には個性的なデザインの家などを紹介すれば売り上げを伸ばすことができるでしょう。
また、会社組織のマネジメントにもマズローの欲求5段階説を応用できます。
会社である以上、トイレや水道、安全な建物といった生理的欲求・安全の欲求は最低限満たしていなければなりません。そのうえで、各ポジションが抱く欲求に合わせた仕事を割り振ると成果を上げやすくなるといわれています。
たとえば新入社員には、会社の一員としての自覚ややりがいを感じてもらうために、社会的欲求を満たすことのできる仕事を任せます。具体的には基礎的な業務や先輩社員のサポートなどが挙げられるでしょう。
社会的欲求をすでに満たした中堅社員は、承認の欲求を重視します。そのため周囲から「すごい」と思われるような難易度の高い仕事を与え、成果に応じて報酬やさらに上のポストなどを用意するといいでしょう。
また、組織編成をするうえでもマズローの欲求5段階説は役立ちます。個々が強く感じている欲求に応じて仕事内容を割り振れば、社員のモチベーションを維持しやすくなると考えられているからです。
たとえば精神的欲求が強い人は他者から感謝される場面が多い総務などの部署、お金をたくさん稼ぐことが好きな物質的欲求の強い人は営業職などに配属するといいでしょう。
まとめ
心理学者のマズローが考案した「マズローの欲求5段階説」はビジネスや日常生活など多くの場面で応用されています。ピラミッドのように積み上げられた人間の欲求は、下から順に生理的欲求、安全の欲求、社会的欲求、承認の欲求、自己実現欲求。下の階層の欲求を満たすと、上の階層について考えることができます。
今の生活に満足できない人は、マズローの欲求5段階説における何段目にいるのか客観的に考えてみてはいかがでしょうか。すると満足がいかない原因に気づき、次に自分がやるべきことが見えてくるはずです。