データサイエンスは、医療業界にとって欠かせない学問のひとつです。しかし、ただでさえ多忙な現場では臨床能力の向上に重点が置かれ、データサイエンスの領域はどうしても後回しにならざるを得ないという現状があります。そのため、医療領域における統計解析やデータの活用には、さまざまな課題が残されているといえるでしょう。
そこで、医療の現場が統計学やデータサイエンスをさらに有効活用し、日本の医療を発展させていくためにはどんなことが必要なのか聞いてきました。お話を伺ったのは、統計家としてさまざまな医学系研究や教育に携わる廣江貴則先生です。
お話を聞くにつれて浮かび上がってきた、4つのキーワードに沿ってお伝えします。
統計家・日本人間工学会認定人間工学専門家・Agency for Healthcare Research and Quality, TeamSTEPPS® Master Trainer. 早稲田大学理工学術院,放送大学大学院文化科学研究科を経て,2013年より京都大学大学院医学研究科。生物統計学の理論的研究に携わるかたわら、同研究科医学教育・国際化推進センターで開講中の文部科学省 課題解決型高度医療人材養成プログラム・医学教育学プログラム(FCME)講師を務め、学習者評価論や情報工学の講義と教材開発、遠隔授業の品質管理を担当。シミュレーション医学教育にも関わっており(American Heart Association,一般社団法人日本救急医学会など)、指導者の養成・育成を行っている。生物(医学)統計学、研究方法論、アンケート設計、学習者評価論に関する講演や執筆活動も精力的に行う。
キーワード1:コラボレーション
─データサイエンスは、医療・福祉業界のどんなところで活用されていますか?
診断や治療法の提案、臨床試験や基礎研究、新薬の開発など、医療・福祉にかかわる多くの現場でデータサイエンスの技術が活用されています。EBM(Evidence Based Medicine)が当たり前とされ、根拠に基づいた医療がより重要視されている近年では、研究者や医師のみならず、看護師や事務職員にもデータを整理し、適切に解釈する力が必要です。
統計学やデータサイエンスで用いられる技術をうまく活用できれば、より精度の高い研究結果を得られることはもちろん、患者に対して正確な情報をわかりやすく説明することにもつながります。
─医療現場でデータサイエンスを効果的に活用するためには、どうすればよいでしょうか?
ヘルスケアの専門家とデータサイエンスの専門家が、うまくコラボレーションしていくことが重要です。統計解析や視覚化、既存のデータを利用した予測などを行う場合は、ぜひ統計家やデータサイエンティストとコミュニケーションをとってみてください。医師が、自分の領域外の治療に関してはほかの科に依頼をすることをコンサルトと言いますが、(例えば一般に内科医が心臓の大手術をすることはありません。)それと同じで、それぞれの専門家による協力が必要なのです。
しかし現状では、ヘルスケアの専門家とデータサイエンスの専門家がつながる機会がなかなかないといった課題があります。
キーワード2:コミュニティ
─どうして、ヘルスケアの専門家とデータサイエンスの専門家がつながる機会は少ないのですか?
大学や研究機関、大きな病院などに所属しない限りは、身近に専門家がいないケースがほとんどなのです。日本の大学では、統計家やデータサイエンティストの養成があまり盛んではないので、専門家の数がそもそも少ないことも原因のひとつと言えるでしょう。
そのため私は、双方の専門家をつなぐ場を増しやていく必要があると考えています。
─双方の専門家がつながるためには、どんな場が必要だとお考えですか?
まずは医療・福祉現場とデータサイエンスの専門家がどちらも所属する“コミュニティ”の形成が必要だと考えています。
そしてそのコミュニティは、講演会や学会のようなフォーマルなものとはひと味違った、インフォーマルな(略式で手軽な)場であることが望ましいとも考えています。
キーワード3:インフォーマル
─インフォーマルにつながることには、どんなメリットがあるのでしょうか?
「こういうときってどうしたらいいのかな」と、ある程度気楽に相談を持ちかけられるようになります。敷居が下がるということですね。
そうすることで、「その数値は現実的にありえないから見直したほうがいい」とか、「より詳しい人を知っているから紹介する」というように、双方に選択肢が広がるのです。また、「気づいたときにはもう手遅れだったので、データを集める段階からやり直し」といった大きな失敗も防ぐことができます。
自分と違った領域の専門家の考えに触れることは、日々の仕事に広く活きてくるはずです。
─コミュニケーションしやすい環境を増やす必要があるのですね。
はい。しかし、場さえ増えればコミュニケーションできるようになるかというと、そういうわけではありませんよね。“コミュニケーション”の取り方そのものも大切になってきます。
これは、私が統計家として医学系研究にかかわり始めたころの失敗を通して痛感したことでもあります。
キーワード4:コミュニケーション
─先生が経験された失敗とは、どんなことだったのですか?
お互いが、それぞれの領域の専門用語ばかりを使って会話を進めてしまったのです。結果的に、私自身も相手の研究者の方を困らせてしまいましたし、相手が話す言葉にもわからないことが多く、スムーズとはいえないコミュニケーションになってしまいました。この時はかなり時間がかかったことを覚えています。
「相手も知っているはず」と思いこんで話してしまうというのは、専門家が陥りやすい失敗だと思います。
─それでは、専門家同士がスムーズにコミュニケーションをするために、どんなことを心がければよいでしょうか?
やはり、「自分が知っていることを相手も知っていると決めつけない」ことではないでしょうか。自分の専門分野では当たり前に使われている言葉であっても、ほかの分野の専門家には伝わらないことって、結構ありますよね。ついつい、このことを忘れて話を進めてしまう人は多いはずです。
私は、「わからない」人にわかりやすく、なおかつ正しい説明をするのが専門家の仕事だと考えています。できるだけ平易な言葉を使ったり、身近な例えを用いたりしながら会話をしてみてください。意識的にやってみると意外と難しいものです。
そして話を聞く側も、わからないことがあれば臆することなく「わからない」と伝えられるようような文化が醸成できればよいと考えています。
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『ヘルスデータサイエンスラボ:HDSL』は、
- より柔軟で安価なデータサイエンスや統計学に関する学習機会の提供
- 「分からないこと」に対して「分からない」と臆することなく発言できる環境の構築
- データサイエンスの専門家とヘルスケアの専門家が協働できるコミュニティの形成
の3点を目指し、まさに“インフォーマルなコミュニティ”として発足したオンラインサロンです。イベントや勉強会はリアルタイム双方向中継や、アーカイブ動画の公開がされ、Facebookページなどを利用して質問やディスカッションができるため、地方在住の方、多忙でなかなか時間をとれない方でも参加しやすい環境になっています。
また、データサイエンスや統計学の直接的なノウハウ以外にも、グラフ活用のテクニックや人工知能、コミュニケーションなども扱っており、データサイエンスやヘルスケアの領域を幅広く学ぶ機会を提供中です。
現在は月1回の定期イベントと,①統計検定2級受験準備講座,②Pythonプログラミング・アルゴリズム勉強会,③Statistics in Medicine全部読み抄読会の3つのオンライン勉強会を開催しています。①は受験のためというよりは,試験問題を教材として,広く統計学の基礎を学んでいただくことに主眼を置いています。②と③はまだ始まったばかりです。②はプログラミングに不慣れな医学・医療系の方でも参加できるように配慮しています。③は上級者向けの内容になりますが,ぜひ挑戦していただきたいと考えています。
サロンの参加にあたって、高度な知識や資格は必要なく、職種などの制限もありません。まずは気軽に参加してみてはいかがでしょうか。