健康増進・予防、医療、介護を含めた「ヘルスケア産業」分野の市場規模は、2015年から2025年の間に約40兆円市場が拡大する倍増すると見込まれているそう。そこで、ヘルスケア産業の最新情報やトピックを扱い、130人以上のイノベーターが集まるオンラインサロン『ヘルスケアビジネス研究会』を主宰する加藤浩晃さんに、成長著しいヘルスケア産業デジタルヘルスの今と未来を伺いました。
プロフィール
医師。デジタルハリウッド大学大学院客員教授。京都府立医科大学特任助教。2007年、浜松医科大学医学部を卒業。眼科専門医として1500件超の手術を執刀し、単著・共著合わせ30冊以上の医療関係の書籍を執筆。2016〜2017年、厚生労働省に医政局室長補佐として勤務。現在も医師として働きながら、大企業やベンチャーの顧問・アドバイザーも務める。
ヘルスケアビジネスで道を切り拓く〝3つのカギ〟
−−加藤さんはもともと、お医者さんなんですよね。
僕は最近ビジネス業界の人と間違えられることも多いのですが、実は医者なんです(笑)。医学部を卒業してから10年くらい、眼科の専門医をやりまして、その後は厚生労働省で1年半、医療政策に関する仕事をしていました。今は、眼科医としても働きながら、医療・ヘルスケアの領域で新規事業開発をする大企業の顧問やアドバイザーをしつつ、デジタルハリウッド大学大学院でゼミを持ち、教えるということもしています。また、一般社団法人日本医療ベンチャー協会などの団体をつくって、そこの理事として政府の会議でさまざまな提言をする、なんてこともありますね。
−−医療や政策の世界にいた人が、ビジネスに積極的に携わるというのは、ちょっと珍しく感じます。
まず僕自身、ビジネスの考え方が好きというのはあります。いいサービスを作っても、作って終わりではダメで、サービスの「継続性」という点でビジネスの視点が必要と思っているためです。一方で、学生時代から病院の外での医療の形、ヘルスケア産業に興味を持ち、さらに医者などの立場も経験してきて気づいたことも大きく影響しているんです。それは、医療・ヘルスケア領域のサービスが成立し、成長していくためには「医療現場感」、「医療制度」、そして「ビジネス」の3要素を備えるのが必要だということ。医療現場感というのは、医療の現場は実際に何に悩んでいて本当に必要としているのは何かとの肌感覚を持つ意味です。制度については、つくり上げたサービスが法律などにきちんと適合しているかをわかっていなければなりません。最後のビジネスは、やはりサービスをつくっただけで終わってしまってはもったいない。継続するためには、ビジネスの視点をきちんと持って、収益モデルを構築しましょうという意味ですね。それだけビジネスとしての考え方って、大切だと思っています。
大学病院レベルの体制を整えた遠隔医療
−−では、医療・ヘルスケア領域での斬新なサービスなどを教えていただけますか?
それこそ現在たくさんのサービスが開発されつつあるので選びにくいのですが、サロンメンバーの中から紹介すると、一つ挙げるのは「T-ICU」という遠隔集中治療の会社。集中治療室(ICU)を備えた病院は全国に点在していますが、実はその専門医でない人が患者さんを診る、というケースも結構あるんです。そこで、集中治療専門医が、日本全国のICUをモニターしたり、現場の先生が困ったらアドバイスしたり、というのがT-ICUが提供しているソリューション。たしか、ここに在籍している先生は13人だったかと思うんですが、この数も大きな意味があるんですよ。というのは、大学病院の集中治療専門医の数も多くは10人程度。つまり、大学病院並みの遠隔医療の体制を整備して遠隔医療で実現しようとしているんです。
−−それなら患者さんも安心ですね。
そう思います。また、より身近なアプリの会社として紹介できるのが「キュアアップ」(写真)。ここは〝処方するアプリ〟をつくっているんです。普通、処方するものといえば薬ですけれども、「Cure App(キュアアップ)禁煙」というアプリは、患者さんが病院に来ない間も、アプリを使って禁煙を目指すもの。当然、医者が処方するわけですから、現在は薬事承認(政府機関が薬や医療機器の有効性・安全性を認める)を目指して治験(承認を取るための臨床研究)している段階ですね。ほかにも、サロンで面白いアイデアを出している人はたくさんいるんですけど、ヘルスケアビジネスって製品化、サービスの実現までに時間がかかるものも多く、イノベーティブなサービスを作っているところもあるんですが、表に出せない話もあるのが残念だな。
クルマ業界に匹敵する新しいビジネスが生まれる
−−それだけ盛り上がっているのは、ヘルスケアビジネスが成長しているからだと思いますが、具体的にはどんな状況なのでしょうか?
これは、行政(経済産業省・厚生労働省)がちゃんとした試算を出しています。2015年時点での市場規模は、健康予防・増進分野=10兆円、医療分野=43兆円、介護分野=10兆円と予測されているんですが、これが2025年になると健康予防・増進=20兆円、医療=60兆円、介護=21兆円になるとされています。この2025年時点の試算を2015年の実績と比べると、各分野あわせて約40兆円伸びることになるんです。また、現在の自動車産業の市場規模が50兆円といわれていますから、これからクルマ業界並みの大きな産業分の成長がみられると思ってもらえれば良いのではないでしょうか。
−−それはすごい。成長する余地が大きいのは、高齢化が理由に挙げられるのではと考えますが、いかがでしょう?
やはり高齢化は大きいですね。それと同時に、人々の意識の高まりもこれから影響してくるんじゃないかと思います。たとえば、2025年の医療市場は60兆円規模になるといいましたが、一方で、それほどの額になってしまうと保険制度を取り仕切る国がもつのか、という心配も出てきますよね。健康を維持しようとの意識が人々の間で芽生えてきて、今は20兆円と予測されている健康予防・増進分野の市場が予測よりももっと大きくなる、といった可能性も考えられます。
−−そうはいっても、ビジネスにしようとすると壁も出てくるのではと思います。
そうですね。この点は、大企業とスタートアップで壁になるところが違っていて。大企業の場合だと、どうしても事業開発のスピードが遅くなってしまうことが挙げられます。医療・ヘルスケア領域の課題を見つけて、仮説モデルを作り、実証実験に進んでいく。この中の一つ一つのプロセスに会議が必要だったり法令チェックや上司の確認が必要だったりして、事業が始まるまでにかなりの時間がかかることがあります。そして大企業であればあるほど、ある程度の市場規模が想定できるところしか参入できない。しかし、大企業は大企業ならではの人や他者との関係などのリソースがあることがとても強いです。
−−なるほど。では、スタートアップ企業で壁になるのは?
スタートアップの場合は、大企業と違って会議や上司の承認などの機会が少なく、迅速にサービス開発が行えることがポイントです。逆に事業・サービス開発を、とても早く進めていくことが多いので「医療制度」に外れたことをしていないかの点で不安が出てきます。これ、かつての僕自身もそうだったんですが、医者って意外と制度や関連する法律についての理解が足りないんです。医師国家試験の前に医師法、医療法についてを勉強するくらいなので。また、実際に医者になってからも、法律を勉強する時間があるんだったら、患者さんを救うための最新の医療を学びたい、と思う方がむしろ普通ですよね。自分は厚労省在職中にそれこそ24時間365日で医療制度・医療政策について学んだのでくわしいのですが、それこそ医者が、こんなソリューション、こんなモノが欲しいといっても、それが制度に適合しているか心配になる場合も多いです。
何も持っていなくても情熱のある人とつながりたい
−−そんな中で、良いモノ・サービスをつくっていくためにはどうすればいいのでしょうか?
繰り返しになりますが、「医療現場感」「医療制度」「ビジネス」の3要素は必須。それと同時に、やっぱり「情熱」も大切ですね。それこそ、何もわかってないけど何かを成し遂げてやりたい、と考えているパワーが、もともとテクノロジーやビジネスを知っている人とマッチすれば、本当に良いものができるんじゃないかと思うんです。
−−たしかに。
僕はそれを「共創」や「オープンイノベーション」が解決すると思っています。これも繰り返しになるのですが、せっかくクルマ業界並みの産業が生まれるのに、その輪の中に入ってこないのはもったいないと思うんですよね。しかも60兆円という金額って、1人が総取りできる規模じゃないから、それぞれが得意分野で活躍していくことができるはず。お金の話だけじゃなく、医療って患者さんや社会全体を健康にしていく点で、やりがいも当然あります。そんな新しいビジネスの世界で「やってやりたい」という情熱を持った人には、ぜひヘルスケアビジネスの業界にきてもらって、興味があうようなら、ヘルスケアの最新情報やトピックを共有するヘルスケアビジネス研究会ものぞいてみてほしいですね。