大学院→旅人→無職→ひょんなことから本を出すまで
もともとは大学から大学院まで考古学を専攻していた丸山ゴンザレスさん。後期課程には行かず、バックパッカーとして海外を旅して周る時期を経て、一度は無職になります。
それからは日雇いバイトをしていたとのことですが「そんなダメな生活を見かねた恩師の一人が『働きなさい』と測量会社に押し込んでくれた」。
一見ここだけ聞くと、測量会社とジャーナリストはとても距離があるようですが、縁とは不思議なものです。測量会社の斜め向かいにあった出版社で本を書くことにつながります。
ある日、その出版社にたまたま務めていた同級生と再会。同級生と飲みに行くようになり、旅のエピソードを話していたら同席していた出版社の編集長が「おもしろそうだから書いてみなよ」と声をかけられたそうです。
もしかしたら社交辞令だったのかもしれませんが、そこで終わらせなかったのが丸山さんのバイタリティ。
「素直だと思いますし、暇だったので、本一冊の文字数を計算してワードで書いて持って行ったのです。それが意外と良かったみたいで、そのまま本になりました」。
会社倒産から転職。新宿二丁目で開催したパーティーから縁が繋がる
その頃、勤めていた測量会社が倒産。実用書の版元に編集者として就職することになったという丸山さん。
この頃、正規のルートで歩んできたわけではないことを顧み、自身が身につけたいスキルをテーマとした本を次々企画し、仕事をすると同時に新しい知識や技術を身につけたと言います。
また、当時はmixi全盛期。仕事に励む一方、週末は新宿二丁目のゲイバーを借り切ってオフ会を兼ねたパーティーを開催するようになっていたのだとか。
「パーティーは評判になって、色々な世界の人が集まるようになったんです。その中の一人が『裏モノJAPAN』の記者でした。その記者と仲良くなったことがきっかけで『仕事を手伝わない?』と言われたのがジャーナリストになるタネのようなもので、そこから「裏社会」取材の仕事がメインになっていくようになります」。
普通のジャーナリストの人が「行かない分野」を徹底する
そうして日本国内の裏社会を取材する中、自然と海外にその活動領域を広げていった丸山さん。しかし、そこには外国語を自在に使いこなし、正規ルートでの人脈を確保している大手通信社がすでに縄張りを築いていました。
そこで丸山さんが採った作戦は、日本の裏社会取材の人脈を使って隙間を縫うというもの。そして今のお仕事でも発揮されている「体当たり取材」。
「香港で学生たちが金融街を占拠した『2014年香港反政府デモ』においては、通常のようにデモ隊を取材するのではなく、デモ隊に入って行きました。デモ隊の人たちが、デモの間どういう生活をしているのかを追いました。その結果、気付いたらデモの先頭に立って機動隊と向き合うことになったりもしましたけど(笑)」。
ミニインタビュー:大学院中退前は一癖ある旅をしていた
——今回は貴重なお話をありがとうございました。ひとつ気になったのが、旅をしていた時期のことです。その頃からすでに危ない旅をされていたのでしょうか?
いえ、一般の人にとっては珍しい旅かもしれないけど、バックパッカーにとっては当たり前の旅をしていました。でも「バックパッカーでもここは行ったことないだろ?」っていう爪痕を残せるような工夫は意識していたので、自分の中でも一癖ある旅をしてきた感はありましたね。だから出版社の編集長におもしろおかしく話せたんでしょうね。
——旅仲間の方は多いのですか?
多いです。旅仲間ってつながりやすいんですよ。当時は「居酒屋で話せるネタを探している旅」とうそぶっていましたが、仲間内での旅自慢が、今行っている「人に自分の体験を聞かせること」の原型になったと思います。
もともと大学時代に選考していた考古学もフィールドワークが多い学問で、山の中で人と半月一緒に過ごしたりして喋るしかありません。今思えば、そのときの経験が活きているような気もしますね。
——この会員制サロン『ゴンザレスマガジン』をはじめたきっかけはなんだったのでしょうか?
担当の方が『クレイジージャーニー』を観ていたということがきっかけですね。僕としては『テレビに出て知名度が上がったけど、一体どういう人が観てくれているんだろう?』という疑問があって、ファンだという人に会ってみたいという思いがありましたね。
——ファンの方々は実際にどんな人たちでしたか?
単純に僕に興味がある人もいると思うけど、多くは「自分がやって来たこととリンクする人」と思われているんだろうと思います。僕は危険地帯ジャーナリストとクラスタリングされていますが、戦場ジャーナリストと違ってあくまで旅人の延長でもある。だから海外好きの人が来てくれているんでしょうね。自分の体験したことを僕に伝えてきてくれる人が多いですよ。
ジャーナリストになるまでのトークの後は直近で行った韓国のスラムをスライドとともに紹介。今後『クレイジージャーニー』で使われるかもしれないという貴重な写真とトークに参加者の皆さんは真剣な眼差しを向けていました。
自分の旅のノウハウや、ジャーナリストとしてのノウハウもどんどんシェアしていきたいと話す丸山ゴンザレスさん。
『クレイジージャーニー』の裏側を知りたいという方も、誰かと違う旅をしてみたいという方も、ジャーナリスト志望の方も、オンラインサロン『ゴンザレスマガジン』を、ぜひ一度覗いてください。