オンラインサロン『大人のリベラルアーツ』を主宰する、日本酒プロデューサーの上杉孝久さん。上杉さんは、イベントや講演、企業コンサルティングなど、さまざまな活動を通して、日本酒市場のすそ野を広げることを目指しています。
そこで、日本酒の世界をさらに盛り上げるためにはどんな視点が必要なのか、上杉さんご自身がどんな想いのもと活動されているのかなどを伺いました。
上杉孝久
1952年生まれ。東京都出身。学習院大学卒業後、出版業界に身を置く。その後、日本橋で創業60年の老舗『いの上』を継承し、赤坂の料亭・日本酒バーなどを出店する傍ら、外食産業のコンサルタントとして活動。平成4年、東武百貨店本店 和洋酒売場新設に伴い売場内に『BAR楽』を開店。徹底した顧客満足度の追及により、売り場面積当たりの売り上げでトップクラスの数字を維持した(平成24年 店内改装により閉店)。また、日本酒の新販売方式を編み出し、若い女性のマーケットを創造するなど、日本酒販売の革命児とも称されている。現在、日本酒市場のすそ野を広げるために、全国で日本酒講座を数多く開いている。上杉謙信公を先祖に持つ米沢新田藩 上杉子爵家九代目当主。そのため、謙信・鷹山・直江兼続など上杉家の歴史関係の講演も多く、日本酒・歴史を含めた講演は年100回を超える。
歴史ある酒蔵がつぶれてしまう現実を変えたかった
─まずは、上杉先生が日本酒の普及活動をされるようになった経緯を教えてください。
もともと、20代の頃にライターをやっていて、全国約400もの酒蔵を取材していたんです。そのとき目の当たりにしたのが、何百年も続いてきた蔵が次々とつぶれ、一夜にして駐車場になってしまうという現実でした。
古い酒蔵というのは、地域で昔から栄えた名士。そういった歴史ある蔵が、不況や跡継ぎの不足によってあっという間になくなってしまうのは、とんでもないことだと感じました。
そこで、自分にも何か支援できることはないだろうかと考えるようになったわけです。
それと私が、上杉謙信公を先祖に持つ上杉子爵家の末裔だったために、伝統産業の歴史について意識させられた部分もありました。
上杉家は750年ほど続く家ですが、最古の酒蔵はさらに古く、850年も前から続いている。上杉家の歴史をたどってみると、5回ほど存続の危機に見舞われていて、その都度何とか乗り越えて現在までつながってきています。
伝統産業も同じように続くものだと思うからこそ、これからも私なりの支援をして、日本酒市場のすそ野を広げていきたいと考えているのです。
日本酒に興味を持つ若者は意外と増えている
─”すそ野を広げる”ためには、やはり若者をターゲットにすることが重要なのでしょうか。
「これから日本酒を飲んでみたいと思うか」を世代別にアンケートすると、「飲んでみたい」と答えるのは、ダントツで20代が多いんです。
実際にここ数年で、日本酒を飲む20代、とくに女性がどんどん増えてきています。いちばん興味を持っていないのは、30代ですね。30〜40代っていうのは、海外志向が強く、ワインを好む傾向がある世代です。
だけど、今は国内にいても海外の情報がたくさん入ってくるし、日本から出たがる若者が減ってきています。むしろ、日本の文化を改めて見直そうという風潮もあって、伝統的なお祭りや和装、古くから残る街に興味を持つなど、日本的なものに回帰しているんです。
これはまさに、ボジョレーヌーボーの話題を見ても歴然です。数年前まで解禁のたびに大騒ぎしていたのが、ここ何年かは落ち着いて、輸入量もだんだん減ってきています。だからこそ、日本酒市場のすそ野を広げていくには、若い人たちに興味を持ち続けてもらうことが大切なのです。
少し前まで、試飲イベントというと常連さんが多く閉鎖的なイメージを持たれがちだったのですが、最近では、若い人をターゲットにしたものも多くなってきています。とくに女性は、良いと感じたものを口コミなどでどんどん広めてくれる重要な存在。そのため、女性限定のイベントもたびたび開催されていて、人気を集めていますね。私自身も、こういったイベントには数多く関わらせてもらっています。
近年、よく「若者の酒離れ」などと言われることが多いですが、決して飲んでいないわけではないんですよ。最近は、会社の飲み会などが社会全体で減ってきていますよね。昔は縦のつながりで飲まれることが多かったのが、今は同世代の横のつながりで楽しむことが多くなった。
つまり、ほかの世代から見えづらくなったため、「飲んでいない」と思われることが増えたというわけなんです。むしろ、若い人たちはすごく自由に楽しく飲んでいます。私としては、非常に理想的な飲み方をしてくれていると思いますね。
新しいスタイルの酒屋を、地域コミュニティの拠点に
─今後さらに日本酒市場のすそ野を広げるため、どんなことに力を入れていきたいですか?
いちばんやりたいと思っているのは、新しいスタイルの酒屋さんを提案していくことです。今は、スーパーなどの大型チェーンでお酒を買うことが主流になっていますが、高齢化が進み車で出かけられる人が減っていくと、特に地方では近場での買い物が必要とされていくでしょう。
さらには、サザエさんに出てくる”三河屋さん”のような訪問販売が当たり前な業種にさえなっていくような気がしています。だからこそ、酒屋さんが地域に密着したひとつのコミュニティとして再生すると面白いと思うんです。
別に、お酒をメインで売らなくたっていい。雑貨でもお花でもお菓子でも、オーナーさんが好きなもの、面白いと思うものと一緒にお酒を売っちゃえばいいんです。酒屋さんには酒販免許が必要ですよね。
誰もができることではないからこそ、お酒を売ることに真面目になりすぎてしまっている部分があると思います。だけど、ほかのものと一緒に売ることで、新たにお酒を好きになってくれる人も増えるはず。あまり酒屋さんに馴染みのない若い人たちも、面白がって訪れてくれるでしょう。
実際に、こういった新しいスタイルの酒屋さんを過疎地で仕掛けてみると、コミュニティの拠点としてけっこう盛り上がるんですよ。『ビックロ』や『蔦屋家電』も楽しくて人気でしょ。それと似たようなものです。
日本酒を楽しみながら立体的に捉えるオンラインサロン
出典元:上杉孝久オンラインサロン『大人のリベラルアーツ』
─上杉先生のオンラインサロン『大人のリベラルアーツ』では、どんな活動をされているのですか?
日本酒を、楽しみながら”立体的”に捉えてもらえるよう、歴史と結びつけて紐解いてみたり、酒器についてのお話をしたり、お米について学んでみたり、お酒のマナーについて考えたり……さまざまな面からアプローチして、興味を深めてもらえればと活動をしています。
上杉家にまつわる歴史エピソードをお伝えしたり、ほかの武将の末裔の方を招いて対談イベントを開催することもありますね。歴史ファンの方は、興奮状態に陥ることも(笑)。
参加者さんにもいろいろな方がいて、年齢も20代から70代まで幅広い。趣味として日本酒が好きな方もいれば、飲食店経営のために学びにきてくれる方もいます。
男女比は、女性のほうがちょっと多いかな。ちなみに、まったく日本酒は飲めないけれど、話を聞きたいからと参加してくれている人もけっこういますね。もちろん、ムリに飲ませることは一切ありません。
お酒は”楽しく酔って、会話をするもの”。だから、日本酒は好きだけれど、まだあまり詳しくないという人も歓迎です。
お酒や歴史に興味がある方は、ぜひ一緒にあらゆる面から知的好奇心を満たして、交流を楽しんでいきましょう。